記録と随想28――中野敏男氏の応答(その2: 718) への応答 (その6相当) (7月20)

 

中野敏男氏は、一昨18日、小生が批判的論評を始めてから約一カ月後にもなって、ようやく氏の応答 (その2) を発表されました。

しかし、それを読んで驚き、失望したことには、小生の系統立った詳細な論証をともなう批判にたいしては、なんら正面から応答-反論することなく、従来の所見を繰り返し、またしてもヴェーバーにおける方法思想の変遷の追跡は怠り、(一挙に成立するはずもない)「倫理論文=理解社会学」の単眼的先入観に固執したままです。そのうえ、「社会学」も「普遍化的法則科学」も「法則的知識」も、概念的に把握して柔軟に思考することができない弱みを、「コンピュータ検索語彙即決術」で補い、「折原造語」と決めつけて非難を連ねています。 

さて、小生は、論争の水準を落とさないために、またむしろ、現倫研会員に読んでいただきたいと願い、➀「倫理論文」から『宗教社会学論集』にかけてのヴェーバー側ならびに読者側の状況変化と、これに対応する「倫理論文」補訂と『宗教社会学論集』編集時の位置づけにかんする、原文を引用しての詳細な論証、➁「倫理論文」初版発表後のF・ラハファール (後にはR・アロン) による批判と、これにたいするヴェーバーの応答、➂「分析的経験科学における因果帰属の論理」を、文字どおりの実験観察は不可能な歴史的対象にどう適用するか、という難問とのヴェーバーの格闘、➃ その歴史科学的適用方法にかんする、「ヒンドゥー教と仏教」や「儒教と道教」の内容構成と論理展開に即した詳細な例証など、手間隙かけてしたためてきました。ところが、中野氏は、そういうヴェーバーの学問展開にかかわる具体的論考は、悉く無視し、「ひとつ覚え」の「倫理論文=理解社会学」説を繰り返し、難関にぶつかると、やれ「『研究計画の変更』は学問の変更か」などと、内容のない抽象論に逃げ込むばかりです。

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❶ 中野氏は、「『折原造語』でなく、ヴェーバー自身が社会学を、何と書いて定義しているかが問題だ」といって、『基礎概念』から、「社会的行為を解明しつつ理解し、それによりその経過と働きについて因果的に説明しようとする学問」というくだりを抜き出しはします。しかし、まさにその「因果的説明」とは何かどういう手続きをとればよいのかが、科学論・方法論上の問題なのです。この問題が「倫理論文」発表後に論争され、ヴェーバーは、F・ラハファール批判を受け止めて解決に腐心しました。その経過の追跡を怠って、起点と到達点とを結合し、同一視するとは、なんたる短絡でしょう。

その他、❷「『ロゴス』でなく『エートス (あるいは、心理的プレミアムとしての救済の実践的起動力)』が、ヴェーバーによる「解明的理解一貫した対象だ」と事改めて唱えています。それはそうです。しかしそれは、なにも中野氏に指摘されるまでもなく、「倫理論文」ばかりでなく、さらに遡って、難船者としてのヴェーバーに「禁欲的プロテスタンティズム」を初めとする宗教の作用が、相対化-対象化されて、実存の問題として見えてきたとき以来の関心の焦点でした。さればこそ、それが、小生も「倫理論文」の補訂注を引用して具体的かつ詳細に指摘したとおり、ヒンドゥー教やユダヤ教との比較-対照にも持ち越され、それぞれの特性が類型的に規定され、なぜ「禁欲的プロテスタンティズム」のような「現世内禁欲」のエートスが、西洋文化圏にのみ自生的に成立したのか、という歴史的因果帰属にも活かされていくのです。「倫理論文」が「理解社会学」だからではありません。

❸「法則科学」云々についても、中野氏は、語彙詮索に耽るだけです。ところが、その問題は、『社会学の基礎概念』からつぎの一節を引用することで、氷解します。

11. 社会学は――-すでに幾度も自明なこととして前提したように――類型(・・)-諸概念Typen-Begriffeを構成し、出来事の一般的諸規則generelle Regeln des Geschehensを探求する。それは、個々の(・・・)文化的に(・・・・)重要な行為、形象、人格の因果的な分析および帰属を求める歴史学とは反対である社会学の概念構成は、歴史学の見地から問題となる行為の現実から、範例(パラダイム)として、もっぱらそうではないないとしても、きわめて本質的に、その素材(・・)を受け入れる。社会学は、なかんずくつぎの見地から()、その諸概念を構成し、その諸規則を探求する。すなわち、社会学は、それによって文化的に重要な諸事象の歴史的・因果的帰属にひとつの貢献をなしうるかいなか、という見地からである。あらゆる普遍化的科学jede generalisierende Wissenschaftにおけるのと同様、社会学の抽象作用の特性からして、その諸概念は、歴史的なものの具体的現実にたいしては比較的内容に乏しいものとならざるをえない。社会学がその代わりになすべきことは、諸概念の一義性を高めることである。このように高められた一義性は、できるかぎり最適度の意味(・・)適合性によって達成される。これこそ、社会学的概念構成のえようとするものなのである(MWGA,/23: 169-70, 阿閉・内藤訳: 28-29 [一部改訳、太字による強調は引用者]) 

これはもう、「諸規則 [定義如何では諸法則]を探求する、普遍化的科学」というのですから、「普遍化的法則科学としての社会学」という「折原造語」とまったく同一の概念を、ヴェーバー自身が語っているのも同然ではないでしょうか。ただ、中野氏にだけは、コンピュータ検索によって行き当たった語彙に固執するあまり、柔軟な概念的思考力が衰えて、当該の語彙以外はいっさい別物と映り、そういう硬直した臆断を見境なく振り回しているうちに、固執もますます深みに嵌まってしまったのでしょう。こういう悪循環は、本人にはそれと自覚されず、周囲も「触らぬ神に祟りなし」とばかり「知らん顔」を決め込んでいたのでは、いつまでたっても抜け出られない「蟻地獄」のようなものです。本人のためを思えば、正面から誤謬を暴く相応の「荒療治」が必要とされましょう。こちらが、論争の勢いに乗って、なにかエスカレートしているのではありません。そういう言い方も、固執を維持しようとする切り抜け策のひとつでしょう。

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  さて、ここで、618 日中野応答のに戻りますが、その論難も悉く、同じように語彙に固執する瑣末主義を露呈していました。

  小生は、ヴェーバーが「『カテゴリー論文』の『四箇所』で、歴史学と社会学をはじめ、これから『解明的理解』の方法を自覚的に適用していこうとする諸科学を、まずは『理解諸科学die verstehenden Wissenschaften』と、(なにか『自分の学問』に専有しようという『縄張り意識』からではなく) たんに総称し、そのうえで、とくに重要な『歴史学(ないし歴史記述)社会学との関係』に絞って、特定して論じている」という発見-解釈の趣旨を、旧い「研究メモ」に書き止めていて、(その四箇所を逐一、原文に当って、表記を確認すればよかったのですが、ついそれを怠って) 四箇所のページ数だけを書き出してしまいました。まずは、この不手際による不正確な表記をお詫びします。

しかし、このミスにたいする中野氏の対応は、ちょっと異様でした。正しく書き出した二箇所と、ミスをした二箇所、とくに後者が何と表記されていて、その意味は何か、と問う暇もなく、「二箇所を四箇所に拡張誤記」したというだけで、「折原は、『理解諸科学』という『プロクルーステースの床』を設えた」とまで決めつけるのです。それこそ、確実な反論の材料に困って、瑣末主義をエスカレートさせた結果ではないでしょうか。

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それでは、まず、誤記した二箇所を含め、ヴェーバーが「カテゴリー論文」で、とくに「歴史学(ないし歴史記述)と社会学」を対比的に併記して論じている箇所を (調べ直すとじつは五箇所あったのですが)、下記に書き出し、そのうえで、その意味を、コンテクストに即して解明し、論じていきましょう。

 

社会学も歴史学と同様 die Soziologie wie die Geschichteさしあたりは『プラグマーティッシュ』に、すなわち行為の合理的に理解できる連関から、解明をおこなう。たとえば、社会経済学は、かの『経済人』という合理的構成を用いつつ、まさにそのような研究をおこなう。そして、およそ理解社会学もまた、まったく同様である」(MWGA,/12: 393, 海老原・中野訳: 12-13)

 

(2)「このようなことは、まったく例外なしに、まさにすべての歴史学上および社会学上の因果帰属alle historische und soziologische Zurechnungにあてはまる」(MWGA,/12: 397, 海老原・中野訳: 21)

 

「……因果帰属の問題 (上記を見よ) を度外視したとしても、歴史記述や社会学Geschichtsschreibung und Soziologieは、つねに、意味において理解できる行為のじっさいの経過と、そうした行為が (研究者自身から見て)『妥当なもの』――われわれの用語でいうと『整合型Richtigkeitstypus』――と一致したものであるべきならば、とら『ねばならない』はずの」類型との間の関係を考慮せねばならない」(MWGA,/12: 397-98, 海老原・中野訳: 23)

 

「というのも、歴史記述や社会学Geschichtsschreibung und Soziologieの特定の目的 (けっしてそれがすべてではない) にとっては、行為者の主観において意味をもって方向づけられた行為 (考えること、すること) が、整合型と一致しておこなわれたのか、反しておこなわれたのか、多かれ少なかれその整合的に近似的におこなわれたのか、ということは、『その事柄自体のために』、すなわち研究を導く価値関係からして、非常に重要な事柄でありうるからである」(MWGA,/12: 398, 海老原・中野訳: 398)

 

「そればかりではない。こうした整合型との関わりのいかんは、行為の外的な経過――あるいは『結果』――にとって、しばしば非常に重要な因果的要因ともなるのである。それゆえ、この事柄にとっては、どんな場合でも、整合型にたいして経験的経過が示す一致の程度、隔たりの程度、あるいは背反の程度といったものが理解できるようになるまで、そしてそれを通じて、『意味上の適合的因果連関sinnhaft adäquate Verursachung』というカテゴリーによって説明されたとしうるまで、具体的に歴史的なあるいは類型的に社会学的な先行条件die konkret historischcn oder typisch soziologischcn Vorbedingungenが探求されねばならないのである」(MWGA,/12: 398, 海老原・中野訳: 23-24) 

(2021720日記つづく。折原浩)