記録と随想48 ドイツ精神史とマックス・ヴーバー研究

このたび、知友の茨木竹二氏から、「M・ヴーバーの『精神なき専門人/心情なき享楽人』とFrシラーの『精神なき断片人/情動なき悦楽人』との親和性」と題する論考 (『理想』No. 708, 2029, pp.78-112) の恵送を受けました。

ところが、そのなかに、「Ch・F・v・シラーといえば、何より文芸においては、‥‥ゲ―テと並んで、また歴史・哲学・美学・教育学・ドイツ思想等においても、その作品には殊に重要な意義が認められており、甚だ有名である。ただし、一般に分野を異にするせいか、彼の文献が、ヴエーバー研究において、たとえ周辺的であれ、何らか関連づけられて取り扱われた、というようなことは、大方もそうであろうが、これまで側聞したためしがない」と明記された一節がありpp. 91-92、これには目を止めざるをえませんでした。

それというのも、小生、いまから約半世紀前の1980、「人間存在の根源的制約への問い――ゲーテ、ーバー、そしてわれわれ」と題する一論考をしたため、推敲も重ね、表題を「ドイツ精神史と現代――ゲーテーバー、そしてわたくしたち」と改めて、同人誌運河の第12に寄稿し、掲載しています。そのなかでは、シラーにも論及しました。

ところで、この『運河』12は、じつは、1956年の『運河』創刊以来、顧問として『運河』同人を育ててくださったゲ―テ研究者の斎藤榮治先生と、ドイツ文学者でもあった同人で芥川賞作家・柏原兵三との、追悼記念号でした。

その縁もあって、小生、当の論考を、渾身の力を籠めて執筆し、『運河』第12号に発表した次第です。

とはいえ、この同誌が、社会科学「分野」の人目には触れ難く、広くは行き亘らないメディアであったことは否めず、その点では茨木氏の判断にも無理はなく、氏を咎めることはできません。むしろ、「ーバー研究」仲間の茨木氏に『運河』12号の贈呈を怠った小生の側に非があったというべきでしょう。

ところが、「それでは、当の『運河』第12号寄稿は、どういう内容の論考だったのか」と問われるとしますと、それには小生、自信をもって、こうお答えできます。「一方ではゲーテとシラーに明示的に論及し、他方ではマルクス、ジンメル、ーバーとの関連にも明示的に踏み込み、双方の (「親和性」という含意だけではなく) 思想の関連も文献に内在する実証を通して、確実に検出-明記し議論-論争に備えましたし、その到達限界には、いまも反論-反証はなく、そのかぎりでは『学問上、乗り越えられ、古びてはいない』と考えられます」と

ところで、マックス・ヴーバーおよびアルフレート・ヴーバーによって論証され、周知の原則として広く認められ、受け入れられてきた通り、学問という「文明過程Zivilisationsprozeß一領域では、ある研究成果=到達限界が、それ自体、ひとつの問題提起をなし、これに答える研究成果=つぎの到達限界が、これまたつぎの問題提起をなす、というように、「答え(antworten)問い(fragen)答え(antworten)問い(fragen)―‥‥」という議論-論争の連鎖を通してまさにそうしてこそ(はじ)めて、学問の (それ自体としてはけっして完結しない)進歩」が達成されていきます。この点で、個別に完成域に達しうる文芸などの「文化運動Kulturbewegung」とは異なる一領域です。

ところが、この日本の学界の現状を瞥見しますと、「そういう肝心要の議論を厭い一生に一度も論争しない学者』」が、圧倒的多数を占めているようです。「学者」が、学問の原理・原則に準拠し、フェアーな議論と論争に徹して学問の進歩に貢献しそのことを通して、そのかぎりでは責任をもって、この日本社会の「根底からの近代化-民主化」に寄与しようとするのではなく、むしろ「そんなことはどこ吹く風」とばかり、「その時々の卑近な人間関係」と「既得権益への利害」を優先させ、右顧左眄して、「安全第一の褒めそやし儀礼」に明け暮れています。

そういう風情が覆い難く窺えるばかりか、つい最近にも、拒むすべなく立証され、記録されています

とすると、そういう現状が放任されていては、学問の停滞と水準低下に歯止めがなく、むしろ頽落に拍車がかけられて止めどなく進む、と予想され、この國の学問の前途に、甚深な危惧を抱かざるをえません。

ですから、小生、この情況茨木氏にも、そのほか、この問題に関心を寄せられる各位にも、『運河』第12号寄稿内容には、目を止めてくださり、各々の論考に独自の解答を探索されるさいにも、当の寄稿の内容は顧慮され、批判的に対決され、乗り越えていっていただきたい、と祈念せずにはいられません。

そこで、そういう批判的な乗り越えへの一素材(「叩き台」)として、『運河』第12号に発表した1980年論考「ドイツ精神史と現代――ゲーヴェーバー、そしてわたくしたち」の趣旨を、以下に転記再掲したいと思います

ただし、1980発表の後に必要となった内容上の補訂は、その都度、それと断り、その根拠も添えて、明記していきます2023831日記、9月24日補訂、つづく)。

 

ドイツ精神史と現代――テ、ヴェーバー、そしてわたくしたち

故斎藤榮治先生と故柏原兵三学兄にゆかりの深い、シラー、ジンメルにかかわり、ドイツ精神史にも関説する一論考を、ここに捧げて、追悼の一端とする。

 

1. 問題の提起――マックス・ヴェーバーの予言

わたくしたちが、現代の滔々たる「管理社会化」「の流れに抗してgegen den Strom生きようと志し、その主体的根拠を探索するとき、わたくしたちは、ドイツの社会科学者マックス・ーバー一連の論策に出会う。

かれは、すでに前世紀の初頭、「代表作」とされる「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(初版1904-05年、改訂版1920年、以下「倫理論文」と略記) において、近代的人間の「生き方Lebensführung [自ら生活を導き、律する、その仕方-作風]」の特質を「禁欲Askese」に求め、その歴史的-宗教的駆動因(「理解社会学の方法をみずから編み出し、適用して)「解明deutenしていた。

 

補訂1.早速ながら、1980年論考では、この「解明」の方法を、当時の学界常識に倣って「理解社会学」と記載していたが、これは誤りであった

その後、ーバーにおける方法論上の反省の深化-進展、ならびに、かれが(いつまでも反省に耽溺固執滞留」し、方法論の認識論的-論理学的定式化自体を「自己目的として追求」し、その次元で「半哲学的抽象的思弁に明け暮れ」、いうなれば「空転しつづけていた」のではけっしてなく)いち早く新たな経験科学の構想へと脱皮-転出した経緯を、一方では年代順に、他方では、マリアンネ・ヴーバーが『伝記』に書き止めている(マックス・ヴーバー自身の)生活史上の諸事実とも関連づけて詳細に追跡した。

すると、その過程で、新たな視界が開けた。当の経緯を、「難船者が、確たる岸辺に辿り着こうとして、真正な-理性を発揮せざるをえなくなる唯一真正な探求(オルテガ・イ・ガ) の一例として、捉え直すことができた。

そうした一連の研究を踏まえ、文献に内在する検証も経て到達した結論を、端的に一行に集約すれば、「倫理論文では『理解社会学未だ創成されていない

ところが、従来の学界常識を覆す、この「革新」提題にたいしては、「それでは、『倫理論文』は、方法論上また方法上、どういう境域にあって、どんな作業仮説に主導されて研究が進められたのか、その後、そこからなぜ、また、どのように『理解社会学』が必要とされさればこそ創成されるにいたったのかと問われるであろうし、問われて当然であろう。

小生はもとより、この問いに答えられるし、ぜひそうしたいところでもある。

だが、それには、当の「境域」と「創成」の具体的経緯を、やはり詳細に追跡する必要がある

しかし、いまここでは、そういう詳細な追跡の遑はない。

そこで、必要とあれば、とりあえずは、拙著『マックス・ーバー研究総括』(2022、未来社)、Ⅳ、§§33~36を参照していただき、ここでは議論を先に進めたい。

 

さて [. 問題の提起――マックス・ヴェーバーの予言、に戻って]

その場合の「禁欲」とは、欲望をすべて禁圧し、削減し、滅却する、というような消極的挙措ではなく、むしろ個々人が、自分の生活を、自分自身の熟慮により、その核心にある「心意-信条Gesinnung」に即して、隅々まで厳格に、方法的-組織的-体系的に制御し、統一のある、確固たる「生活態度ないし作風」を打ち出していく、そういう積極的な「生き方」を意味していた。

そのうえで、ーバー、「倫理論文」を結ぶにあたってはテに思いを馳せ、「近代市民的生活様式の『禁欲的基調』をいち早く指摘した先人-先覚者」と位置づけた。「近代の職業労働が禁欲的な性格を帯びているという思想は、けっして新しいものではない。専門の仕事への専念と、それに随伴せざるをえない、人間性のファウスト的な全面発達への断念とは、現今の世界では、すべて価値ある行為の前提であること、したがって『業績』と『断念』とは今日ではどうしても切り離しえないこと、――近代市民的な生活様式のもつ、こうした禁欲的基調を、ゲーテもまたその人生知の高みから『ウィルヘルム・マイスターの遍歴時代』とファウストの生涯に与えた終幕とによってわれわれに教えようとしていたと明記している。

さて、マックス・ヴーバー自身がこう確言し、ヒントまで与えてくれているのであるから、「ヴーバー研究者」たる者、まずはそれを手掛かりともして、ーバー研究からゲーテの人生知へと関心と視野を広げ、双方の関係をしかるべく究明して、研究を拡充してもよいではないか。

ところが、もしもそこで、「ーバーとゲーテとでは分野が違うと「のっけから『分野別切断に(はや)』、自分の分野に『閉じ籠もり』『外には一歩も出ず』『他分野にはおよそ関心も向けない』というのであれば」、「歯に衣を着せずに直言」してもよければ)なんとも硬直した専門閉塞」で、「自ら手足を縛る」に等しいのではないか。

むしろ、このさい、「倫理論文」を、ゲーテやシラーらドイツ精神史の人生知の高み」からも、捉え返して、いまもって明らかにされてはいないと思われる、その意味連関を探り出し、そこから現在のわたくしたちに投げかけられている問題とその意義について、熟考し議論も交わすことが、なによりも、そして誰よりも、わたくしたち自身にとって、必要かつ重要ではあるまいか。

とすれば、まさにそうすることこそ、この (『運河』第12) 論考が目的とし、課題として取り組もうとしている主題にほかならない。

*

さて、ーバーは、「倫理論文の末尾で、こう語り出していた。「ピュウリタン[禁欲的プロテスタンティズム信徒]は、職業人たらんと欲した――ところがわれわれは職業人たらざるをえない。なぜかといえば、禁欲は修道院から出て、職業生活のただなかに移され、世俗道徳を支配し始めるとともに、機械生産の技術的・経済的条件に縛りつけられている近代的経済組織の、あの強力な世界秩序作り上げるのに力を添えることになった。ところが、この世界秩序たるや、圧倒的な力をもって、現在その『歯車』[伝動装置] のなかに入り込んでくる一切の諸個人――経済的営利に直接携わる人々のみでなく――の生活を決定しており、将来もおそらく、化石燃料の最後の一片が燃え尽きるまで、決定しつづけるであろう」と。

ここで「世界秩序」と訳されている原語は、Weltordnungではなく、なんとKosmos (宇宙) である。

とすれば、ーバーがこの語――というよりも語義――を選定するにあたっては、「『近代的経済組織』が、ひとつの自足完結的な秩序をなし、他のいかなる条件にも制約されずに存立しそれ自体の固有法則性Eigengesetzlichkeitに即して作動する」――その意味で「宇宙」にも比せられる――という認識を、前提としていた、と見るほかはない。

とすると、さらに、ヴーバーのこの認識には、「近代的経済組織」にかんする、たとえばマルクスの認識――物象化されたverdinglicht, versachlicht生産諸関係の総体が、生産を担う労働の主体には疎縁な(『経哲草稿』のコンテクストと用語を先取りしていえば)疎外されたentfremdet) 威力・権力に「凝結gerinnenし、労働主体とその協働連関態に重くのしかかっている、という認識――と、(価値評価はひとまず擱くとして)なにか通い合うもの」があるのではないか。

ところが、ーバーは、そういう事態を、「管理社会化官僚制化」を克服しえない(とかれは見た)「社会主義経済組織」にも想定する。そして、わたくしたちが、主体的に協働して、自然との物質代謝を「理性的」「責任倫理的」に制御していくこと能わず、であれば早晩有限な自然の限界に突き当たって破局を迎えざるをえないであろう、という不吉な予言を、現代に放っていたのである。

この予言は、資源の乱伐と産業廃棄物の累積とによる人類の生存基盤の荒廃-減殺-破滅が、「チョルノーヴィリ原発事故」のような、当時の社会主義体制下も含む、深刻な「公害問題」――じつは直接間接の自然破壊」――の頻発と累積の発覚を契機に、具体的現実的に問われるにいたった1960年代以降の情況を、いちはやく先取り-予見し現在、いっそうのリアリティを帯びて、わたくしたちに突きつけられ、応答を迫っている、といわなければならない。

*

補訂2.さてここで、別の関連にも跨がる補訂をもう一点、加える必要が生じている。

ーバーは、「現代にいたる『精神の推移を一望のもとに俯瞰し、つぎのように要約した」とも(じつは誤って伝えられている。

たとえば、岩波文庫版大塚久雄 (単独) にはこうある「バックスター [禁欲的プロテスタンティズムにおいて,平信徒大衆の『魂の看取りSeelsorge』に携わっていた『霊的司牧者』のひとり] によれば、外物についての配慮は、[当初には]ただ、『いつでも脱ぐことのできる薄い外衣(マント)』のように、聖徒の肩にかかるに止めねばならなかった。それなのに、運命は不幸にも、この外衣を鋼鉄のように堅い ein stahlhaltes Gehäuse としてしまった。禁欲が世俗を改造し、世俗の内部で成果をあげようと試みているうちに、世俗の外物die äußeren Güter は、かつて歴史にその比を見ないほど強力になって、ついには逃れえない力を人間の上に振るうようになってしまったのだ。今日では、禁欲の精神は――最終的にか否か、誰が知ろう――この鉄の檻から aus diesem Gehäuse抜け出てしまった」と(1989117日、改訳第一刷、同年620日、改訳第四刷p. 365、岩波文庫) [ちなみに、奥付に見えるこの表記から明らかなとおり、改訳から僅か5ヶ月のうちに第四刷まで刊行されたというのであるから、改訳にともなって出版社と訳者との双方に発生した利権の大きさが窺われよう。なお、この箇所の原文は、MWGA, /18: 487で読める。]

ところで、大塚氏がここで「鉄の檻」と訳出している原語Gehäuseで、これは元来「檻ではなくを意味する。

そこで、「『殻』と『檻』とはどう違うのか」と問われるであろうが、「殻」には「貝殻」や「卵の殻」のように、未熟で幼弱な生命を、外界の侵害から守る、その段階では不可欠の保護という肯定的積極的側面と、その生命がやがて割って出て、独り立ちしていく」段階局面ともなると、そういう順当な発育と発展を阻止しがちで、「殻内にいつまでも安住させ、堅く閉じ籠めておくのも同然」といえなくもない、否定的消極的側面との「独特の両義性が含意されている。

ところが、大塚氏は、このGehäuseを、おそらくはタルコット・パソンズの英訳 “iron cage(後にスティーヴン・コールバークによって訂正改訳されている明白な誤訳) に倣って鉄の檻」と訳出し、「殻」両義性を削ぎ落としてしまった。[この問題について、詳しくは、荒川敏彦「殻の中に住むものは誰か――『鉄の檻』的ヴーバー像からの解放」(『現代思想』、第35巻、第15号、200711月、青土社、pp. 78-97) を参照されたい。]

さて、大塚氏は、これ以外にも、たとえばゴットフリート・ケラーの文芸作品『正しい櫛細工職人』にかんするーバーの引用句について、ケラー作品の内容は調べず当て推量の――ケラー書を繙読すれば直ちに見当違いと分かる(拙著『マックス・ヴーバー基礎研究序説』、1988、未来社、pp. 28788、参照)――、誤った訳文を当て、これをそのまま公刊してしまっている (岩波文庫版大塚久雄単独訳、p. 159)

ところで、内容上は一見小さな、この種の誤謬誤導も、異議申し立て訂正の要請提案がなされず、なされても埒が明かず、そうこうするうちにも訳者と出版社との双方に利権が発生すると、なるほど「鉄の檻」にも比せられようか、といえなくもない――そのうえ、目に見えず、隠微なだけに、いっそう抗いがたい――呪縛力が派生し、これに絡め捕られ、守られもして、学問上は歴然たる誤謬誤導が長年にわたって「頑強(マッシーヴ)に」維持されていくことにもなる。これが、この日本の学界」――精確には「学界出版界複合体」――の現状である。

ちなみに、「この類型の問題に、学問論上学問上、どう対処すればよいのか、どうすれば適正な解決の道が開けるのか」と、改めて問題を提起し、(ここではやや拙速で踏み込み過ぎの嫌いはあるが)応答も試みると、どうであろうか。

訳者が正直に――つまり、「自分にとって不都合なことも、あるいは、まさに不都合なことをこそ、ひるまずに直視せよ」と説く、ほかならぬマックス・ヴーバーの知的廉直intellektuelle Rechtschaffenheitの要請にしたがい――「自分にはよく分からないから、大方の教示を乞う」とまではいいきれず、そのまま空欄に留めておくだけでも、誰か他の事情通の識者が,その点にかぎって、応答内容を知らせてくれるなり、あるいは、いっそう望ましい対応としては、当の誤訳や不適訳にたいする内容上の批判を、しかるべき別のメディアに発表するなり、もっぱら個別に学問として適正でフェアーな議論に徹して解決しようとする道が開け、それだけ、学問の進歩に寄与できるかもしれないのである。

そして、そういう別のメディアとしては、自分の所属大学・所属学科に研究紀要があり、その定期発行のために、特別の予算が計上され、用意されてもいる。

ところが、訳者がそこで、(半ば無自覚の裡にも)「学界権威者」としての驕りと見栄に囚われ知的廉直の要請は踏み躙っても誤訳や不適訳をそのまま上梓刊行しようとし、他方、そういう学界権威者との「縁浅からず」、「構造的な相互補完関係にある」書肆・岩波書店の、そのかぎりで同質、あるいはいっそう権威主義的な商略商法とも癒着連携して、ひとたび上梓刊行されてしまうと、双方に発生する利権には、目に見えないだけ抗い難い隠然たる呪縛力が随伴し、その壁はなるほど「鉄の」のように強固で、双方を囲い込み、封じ込め、それによって学問論上学問上、真っ当な議論は「頑強(マッシーヴ)に」阻まれ個別の適正な解決は頓挫し、少なくとも至難となること必定であろう。

それにひきかえ、『研究紀要本来の、「学問の価値秩序に固有」で「『学問のに排他的に仕えるメディアという独立独自の意義を十全に汲みとって、これへの寄稿を絶やさず、ただそのつど抜き刷りはとって演習の教材として必要部数増刷し、配布活用して、「フンボルトの大学理念にしたがう「研究と教育との統合」を企て、学問秩序本来の批判とその精神を、(『研究紀要』では、原稿料や印税といった筋違いの見返り」は手に入らず、期待できないとしても、いや、そうであればこそ、まさにそれだけなにものにも妨げられず、力のかぎり展開して、既得権益の壁に挑戦しつづけ、その方向に軌道を転轍」させえたとすると、どうであろうか。そこからは、どんな展望が開けるであろうか。

やがては、そういう演習を共にして知的廉直のスタンスを体得した学生院生研修生のなかから、たとえば丸山尚士氏や三笘利幸氏のように、学問本来の批判に徹して権威の壁を打破していこうとする篤学の士が、後継者として現れ、そうすることが「伝統」ともなり、さらには、当初の「慣習律としての伝統」から、その『価値合理的核心としての『心意信条』も形成され、『熟成醇化』され」て、陸続と引き継がれていくことも、期待できるのではあるまいか。(1013日、つづく)

さて、やや先走って、補訂や「余論Exkurs」に立ち入り過ぎた嫌いもあるが、ここで『運河』第12号寄稿のコンテクストに戻ろう。

問題焦点は、「倫理論文」と、やシラーの文芸作品との、関連の如何にあった。そこで、まずはマックス・ヴーバー自身が「倫理論文」の末尾で与えてくれている直接の具体的ヒントにしたがって、ゲテの作品中、『ウィルヘルム・マイスターの遍歴時代』と『ファウスト』とを参照し、それぞれの「人生知」の教えを汲み出すのが、順当な段取りであろう。そうすると、なるほど、