ヴェーバー学の未来――「倫理」論文から歴史・社会科学の方法会得へ

あとがき

 本書は、ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」論文を読解し、歴史・社会科学の方法を会得していく一助たらんとして、ここに公刊される。

 前著『ヴェーバー学のすすめ』(2003年、未来社刊)で、筆者は、従来の「倫理」論文批判に見られるひとつの問題的傾向を、つぎのとおり指摘した。すなわち、大方の批判者は、「倫理」論文から、自分の専門領域に重なる部位を抜き出しては、原著者ヴェーバーのありうべき個別の不備ないし過誤を限定的に是正するにとどまらず、「過当に一般化」して、ヴェーバーの「人と作品」を丸ごと葬ろうとする。そうした見地から、ヴェーバーの①実存的/生活史的原問題設定、②思想/学説史的背景、③「倫理」論文の全論証構造、④「倫理」論文以降の展開などを顧みず、学問的内在批判の要件をみたしていない。

 そのうえで筆者は、この①~④の欠落が、批判者側だけの問題ではなく、むしろ、「倫理」論文を「聖典化」し、正当な批判も黙殺してきた、戦後日本の「近代主義」的ヴェーバー研究そのものの欠陥でもある、と捉えた。したがって、一方では、当の問題的傾向が行き着いた極限としての羽入書を、内在的また外在的に批判しながら、他方では、いわば「返す刀」で、「近代主義」的ヴェーバー研究とその「悪しき遺産」を批判し、「二正面作戦」を展開した。少なくとも右記①~④の欠落を埋め、「倫理」論文にかんする本格的な学問論争の要件をととのえようと、筆者として最大限努力したつもりである。

 ①については、主として『ヴェーバー学のすすめ』第一章を参照されたい。②への遡行は、もとよりなお不十分ではあるが、マルクス、キルケゴールおよびカール・メンガーとの関係については、独自の見解を提示しえたと思う(『すすめ』、101, 118~23, 141~47)。他方、『ベン・シラの知恵』、『箴言』など、キリスト教聖書からの引用について、また、ルターやフランクリンへの論及については、それぞれ原典に遡って、当該のコンテクストにおける意味を捉え返している。この点は、学問研究としてあたりまえのことではあるが、「倫理」論文研究では従来手薄であったこともいなめない。

 とはいえ、本書および姉妹篇『学問の未来』(2005年、未來社刊)が力点を置いたのは、やはり③で、「倫理」論文の全論証構造を、方法上の指標にしたがって再構成し、読解にそなえた。

 それにひきかえ、④については、なるほど本書の第二/六/七章で、一方では、「倫理」論文の方法上の被限定性(「三段階研究プロジェクト」における「予備研究」の第一段階)を明らかにし、他方では、(「倫理」論文では与件として取り扱われる)「二重予定説」を、「倫理」論文以降に展開された宗教社会学の理論的枠組みのなかで捉え返してはいる。しかし、「世界宗教の経済倫理」シリーズ三部作および(「宗教社会学」篇を除く)『経済と社会』諸篇の重厚な内容に、深くは立ち入れず、きわめて不十分である。この欠落を埋める仕事は、いずれしかるべき準備をととのえて、捲土重来を期したい。

 なお、本書終章「回顧と展望」関連の参考文献としては、東京大学大学院人文社会系研究科倫理学専攻との論争にそなえて開設した筆者のホームぺージhttp://www.geocities.jp/hirorihara に、(恩師高橋徹先生を「偲ぶ会」におけるスピーチに加筆した)「故高橋徹先生の秋霜烈日」を掲載し、修業時代の思い出も交えながら敷衍している。アクセスしてみていただければ幸いである。

 ちなみに、倫理学専攻からは、いまだに自発的な発言が聞かれない。そのうち、羽入書の原論文と審査報告書を閲覧のうえ、『ヴェーバー学のすすめ』『学問の未来』および本書を筆者側の論拠として、学位認定の学問的是非を問う公開論争を提起しなければならないと考えている。

本書の成立事情については、『学問の未来』の「はじめに」と「あとがき」、ならびに本書の「はじめに」に明記した。本書を構成する八章の元稿が掲載された橋本HPの橋本努氏、橋本HPへの寄稿をとおして筆者の執筆/改訂を促してくださった論争参入者各位、とくにそのつど貴重なコメントと激励を寄せられた雀部幸隆氏に、深甚の謝意を表する。また、本書が『学問の未来』の姉妹篇として日の目を見たのは、ひとえに未来社西谷能英氏の熟慮と英断による。『ヴェーバー学のすすめ』『学問の未来』『ヴェーバー学の未来』の三部作が、「倫理」論文初版百周年にあたり、学術出版文化の健在を示し、晴朗闊達な学問論争の活性化に資するとすれば、その功績の過半は西谷氏に帰せられよう。細かいところにまで気を配って本書を仕上げてくださった中村大吾氏、すがすがしい装幀を施してくださった高麗隆彦氏にも、厚くお礼申し上げる。

2005年8月27日 

折原 浩