謹告――『全集』版『経済と社会』(旧稿)該当巻(全五分巻)の刊行終了に寄せて

 

現在刊行中の『マックス・ヴェーバー全集』は、一昨年暮れのⅠ/24 „Wirtschaft und Gesellschaft, Entstehungsgeschichte und Dokumente“ につづき、昨年暮れにはⅠ/223 „Recht“ が公刊され、こちらは2月3日、予約講読者のひとり折原の手許にも送られてきました。これで、『経済と社会』「旧稿」該当巻が、すべて出揃ったことになります。

 

さて、『経済と社会』(旧稿)のテクストは、「二部構成の一書」という(マリアンネ・ヴェーバーおよびヨハンネス・ヴィンケルマンによる)編纂から解放された後にも、しかるべき編纂方針にかんする十分な議論がなされないまま――先行編纂にたいする批判的総括も、旧稿で用いられている社会学的基礎範疇や旧稿全体の体系的統合にかんする、立ち入った議論も、抜きにして――、『全集』版編纂陣により、いきなり題材別の五分巻に分断され、逐次刊行の既成事実が積み重ねられてきました。原著者マックス・ヴェーバーにより、かれ自身の構想に即して執筆されたテクストが、従来の「合わない頭をつけたトルソ」から、こんどは頭のない五死屍片に解体されてしまったのです。

 

折原は、この間一貫して、『全集』版の拙速な編纂方針に異を唱え、社会学的基礎範疇を表示する術語の一覧や(体系的統合のテクスト内在的指標としての)前後参照指示ネットワーク一覧といった基礎資料を独自に作成して、編纂陣に送り届け、『ケルン社会学・社会心理学雑誌』や『マックス・ヴェーバー研究』誌に批判論考も発表して、編纂陣の再考を促してきました。しかし、編纂陣は、提供資料や批判論考を形式的に注記するだけで、実質的な反批判は対置せず、既定方針を押し通しました。

 

昨年11月にいわき明星大学で開かれた「第三回 日独社会学会議」でも、「カテゴリー論文」と「価値自由論文」の編纂担当者を引き受けたと伝えられているヨハンネス・ヴァイス氏に、「旧稿」に適用されている社会学的基礎範疇が他ならぬ「カテゴリー論文」で定立されている事実を示し、氏の解説において「カテゴリー論文」側から「旧稿」に「扇の要」を据えてほしい、と要望しました。しかし、ヴァイス氏は即答を避けられ、むしろ「 (折原が) 持論を書著として発表するように」促されました。

 

折原としても、『全集』版編纂陣には、「批判的ながら、再編纂への協力として、できるだけのことはした」ので、こんどは(編纂陣が本来なすべきであったことを編纂陣に代わって示す積極的批判に転じ、「旧稿」を内容的に再構成し、全体像として提示する仕事に、着手したいと思います。再着手というのも、この仕事については、途中までは準備を重ねてきていたのですが(名古屋大学、椙山女学園大学の紀要類に発表した論稿)2002の退職後、状況論的な考慮から羽入書批判にかかずらわり、その後、「比較歴史社会学」関係の論稿も(こちらは積極的に)公表して、専門的課題としての『「経済と社会」の再構成----全体像』執筆のほうは、中断を余儀なくされていました。それと同時に、この間の「比較歴史社会学」関係論稿でも、「旧稿」の「一般社会字」(社会学的類-類型概念の決疑論体系) については、十分にスペースを割いて網羅的に解説することができず、歴史学者との相互交流にも支障をきたして、不充足感がつのっていました。そこで、今回、『全集』版「旧稿」該当巻が、第三分巻「法」を最後に、ひととおり出揃ったこの機会を捉えて、『「経済と社会」の再構成----全体像』の仕事に立ち帰り、しばらく専念したいと思います。そのため、「恵贈著作」欄への記載とくに感想付記は、しばしば中断を余儀なくされると思いますので、なにとぞご了承のほど、お願いいたします。(215日記)