ヴェーバー法理論・比較法文化研究会の第一回公開シンポジウム (919日、於一橋大学・佐野書院) に向けて (5) (2010821日)

 

来る919()、一橋大学佐野書院ホールで、「ヴェーバー法理論・比較法文化研究会」の第一回公開シンポジウムが開かれます。折原は、コーディネーターの水林彪氏から、「『経済と社会』(旧稿)全体の構成と「法社会学」章の位置」と題する報告を依頼され、過大なテーマとは承知しながら、お引き受けしました。これを機会に、歴史学者と社会学者との相互交流を進め、個人的には懸案の『「経済と社会」(旧稿)の再構成――全体像』の執筆準備にも取り掛かりたいと思います。

つきまして、第一回報告に向けての準備稿を、このホームページに連載しております。ヴェーバー研究者として、他領域の研究者と対等な相互交流関係に入るには、ヴェーバー研究の特殊事情(社会学上の主著『経済と社会』の誤編纂)から生じているテクストの不備を補い、全体としての読解の欠落も埋め、まずは対等な出発点に立たなければなりません。今回のテーマにつきましても、ヴェーバー研究の現状では、「『経済と社会』(旧稿)全体の構成」をなにほどか既知の前提として「法社会学」章の位置を論ずるわけにはまいりません。そこで、できるかぎり不備を補い、欠落も埋め、対等な出発点に立つための準備研究を、あらかじめこのホームページに発表したうえ、当日の相互交流に臨み、多少なりとも実りあるものにしていきたい、と念願する次第です。

研究会員はじめ、参加をご予定の各位には、お暇の折りご一読いただき、討論への素材ともしていただければ幸いです。

なお、「ヴェーバー法理論・比較法文化研究会」の概要と、第一回公開シンポジウムのプログラムにつきましては、公式サイトhttp://www.law.hit-u.ac.jp/asia/j/weber.html が開設されていますので、ご参照ください (2010811日記)

 

『経済と社会』(旧稿)全体の構成と「法社会学」章の位置

目次                                                                本ホームページ

はじめに                                                前稿(1) 

1.「旧稿」の誤編纂とその後遺症――基礎カテゴリーの看過-逸失                    前稿(1)

2. ゲゼルシャフト形成としての「社会」の合理化と、ゲマインシャフトの「重層性」     前稿(2)

3.「旧稿」編纂論争史の到達点と現状                                                       前稿(3)  

4.「旧稿」全体の再構成 (テクスト再編纂と内容再構成)                                  前稿(4)一部

5.「法社会学」章の内部構成                             本稿(5) 

6. 結論――「旧稿」全体の構成と「法社会学」章の位置                                         次稿            

                                      

(準備の都合上、4. は仕上がったところまでで切り、前稿(4)一部 として掲載しました。同時に、5. を繰り上げ、本稿 (5) として、以下に掲載します2010821日記)

 

(承前)

5.「法社会学」章の内部構成

ここでは、各節、各段落の要旨を摘記していきます。 [ n ] は、第五版の冒頭から数えた段落番号です。

§1. 法領域の分化

   この節では、今日の分化状態を、過去 (原生的状態から近代法以前) の未分化状態と対比して、歴史的に相対化し、読者に現状への距離の取得を促すと同時に、この章の課題を限定する。

1.「公法」と「私法」: 今日でも、双方の区別については論争がある。[1]

(1) 前者は「国家アンシュタルトに関与するstaatsanstaltsbezogen 行為」にかんする規範の総体、後者は「国家アンシュタルトに規制されるstaatsanstaltsgeregelt行為」にかんする規範の総体。この区別は、非形式的という難点はあるが、ほとんどすべての区別の基礎。[2]

ちなみに、この対概念は、「カテゴリー論文」で導入される、「ゲゼルシャフト関係に関与するgesellschaftsbezogen

と「ゲゼルシャフト関係に規制されるgesellschaftsgeregelt」という対概念の下位概念。「……ゲゼルシャフト関係の秩序に準拠した行為を、つぎのように区分することができる。すなわち、ひとつは『ゲゼルシャフト関係に関与する』行為で、直接にゲゼルシャフト関係の (ここでもまた、行為者が主観的に解釈した意味での) 秩序にたいして立場をとるような行為、したがって、自分で考えている意味にしたがい、その秩序の経験的な妥当を計画的に遍く押し通そうとするか、逆に、その秩序の改変や補完をしようとする行為である。これにたいして、いまひとつは、たんに『ゲゼルシャフト関係によって規制される』行為で、その秩序に準拠はするけれども、上記の意味において「ゲゼルシャフト関係に関与する」ことはない行為である。もちろん、ここでもこうした相違は漸移的である」(WL: 447, 海老原・中野訳: 61)

平均的に見て行為者の主観によって抱かれていると前提できる意味内容からして『協定することVereinbarung [そのこと] を意味する行為は、そうした協定に準拠する『ゲゼルシャフト行為』と区別して、『ゲゼルシャフト関係形成行為Vergesellschaftungshandeln』と呼ばれる。――また、協定に準拠する行為の枠内では、『ゲゼルシャフト関係に関与する』ゲゼルシャフト行為のもっとも重要な形態は、一方で『機関Organe』のなす特別のゲゼルシャフト行為であり、他方では、そうした機関の行為に意味上結びつけられている、ゲゼルシャフト関係にある人々のゲゼルシャフト行為である。後に論及されるべき『アンシュタルト』(なかでも『国家』) というゲゼルシャフト関係のカテゴリーの枠内ではとくに、そうした機関の行為を方向づけるために創り出された秩序、すなわちアンシュタルト法 (国家においては『公法öffentliches Recht) を、ゲゼルシャフト関係にある人々の他の行為を規制する秩序と区別するのが普通である。しかしまた、目的結社の内部でも同様の区別 (『結社法』と、結社によって創り出された秩序との区別) は有効である。とはいえ、こうした (漸移的な) 対比にここでかかわりあっているわけにはいかない」(WL: 448, 海老原・中野訳: 64-65)

なお、別の箇所では、「団体に関与するverbandsbezogen」と「団体に規制されるverbandsgeregelt」とが、区別されている (WL: 468, 海老原・中野訳: 113)

 

(2) 上記(1)と絡み合う区別として、私法は個々人の主観的権利を設定する「請求権規範」、公法は、そうすることのない行政規則Reglements (公法、たとえば選挙法も、選挙権というような「主観的権利」を設定することはあるが、これは、公法上の管轄権・行政規則の反射(効)にすぎず、「所有権」のような不可侵の既得権・客観的な請求権規範からの流出物ではない)。しかし、①私法上の請求権も、「既得権」ではなく、法秩序の反射とみなせるばあいがある (ある権利が「既得権」であるかどうかは、じっさい上は、それを排除したばあいに賠償請求権が生ずるかどうかの問題) から、公法=行政規則は公権を創造しうるのみ、とはいえない。しかも、②統治権=公権が、家産君主の「既得権」と見られるばあい、逆に、個々人の市民権=公権が、(自然法にもとづいて既得の私権と同じ意味で) 不可侵とみなされるばあい [いずれも、公法=請求権規範] もあるから、公法=行政規則とさえ、いえない。[3]

 

(3) 私法は「同格者」間の関係を律する規範、公法は (権力保有者-権力服従者間の) 命令関係を律する規範。しかし、公法は、①国家機関の命令以外の行為、②複数の国家機関相互間の同格関係、③権力服従者が権力保有者を任命し掣肘する関係、も律する。また、雇用者や家長の命令権力は、私法に委ね、特定の (国家アンシュタルト機関の) 命令権力のみを公法の領域とする ((1)の区別に回帰)。というのも、今日では、国家アンシュタルトのみが正当な権力の源泉、したがって国家アンシュタルトの維持とその直営利益の実現にかかわる行為のみが、公法上重要。ところが、国家アンシュタルト自体によって追求される利益は、今日なお不確定のうえ、制定法によって私人の請求権と競合させられる(⇨この利益内容を、区別の規準とすることはできない)[4]

 

    というわけで、今日でも、私法の領域と公法の領域との境界は、一義的に確定できない。過去においてはいっそう不確定。区分が不可能な二極限型のひとつに「家産制Patrimonialismus: あらゆる法、管轄権、命令権力が、即人的な特権Privileg (国家元首のばあいにはとくに大権Prerogative)(特定の裁判を実施するとか、誰かを軍役に召集するとかの) [公的] 権能が、(一定の土地を利用する) [私的] 権能と同様、「既得の」主観的権利をなし、ときには法律行為 (譲渡や相続) の対象とされる。このばあい、政治権力は、アンシュタルトの構造をもたず、主観的な命令権能のさまざまな保有者や要求者たちの間の具体的なゲゼルシャフト形成や妥協konkrete Vergesellschaftungen und Kompromisse der verschiedenen Inhaber und Prätendenten subjektiver Befehlsbefugnisseによって、表現される。だから、政治的な命令権力も、家父長や荘園領主の命令権力と異ならない。この構造が完全に実現された験しはないが、そこでは「公」法が、私法上の請求権と同様、具体的な権力保有者の主観的権利の対象。[5]

 

  反対に、すべての規範が、(「請求権を付与する客観的法」の性格をもたない)「行政規則」にすぎず、すべての私的利益がこの「行政規則」の反射としてのみ保護される、というばあい。これも完全に実現された験しはないが、そこでは、すべての法が、「管理Verwaltung」の目的のひとつ=「統治Regierung」に解消。

  ところで、管理には、私的な (家計、営利経営の) 管理と、公的な (国家アンシュタルトの機関もしくはその権限委譲による) 管理とがある。後者は、「法創造 Rechtsschöpfung」「法発見Rechtsfindung」および「統治」(公のアンシュタルト活動のなかから、法創造と法発見とを除いた残余の部分) を包含。統治は、法創造と法発見と同様、現行法規範や既得の主観的権利によって、積極的には「正当な」権限を与えられ、消極的には (それらを侵害しえないという意味で) 拘束されるが、それに固有の本質は、現行法の尊重・実現のみではなく、それ以外の (政治的・実質的・功利的その他の) 実質的諸目的の実現。個々人やその利益は、法的意味からすれば、統治の客体。

  近代国家においては、三者が相互に接近する (三権分立の相対化) 傾向: ①裁判官が、倫理・衡平・合目的性などの実質的規準にしたがって判決をくだし、また、そうすることが期待される(法発見⇨統治)。②統治が、個々人にたいしても、その利益をまもるために「行政訴訟」の道を開く(統治⇨法発見)。③統治が、そのつどの自由裁量を断念して、一般的な行政規則を定立し、これにみずから拘束される(統治⇨法創造)[6]

 

  統治と法発見との原生的関係: 一方で、家ゲマインシャフトの内部には、家長の原理上無制約の「管理」(権力服従者に主観的権利は皆無; 客観的規範も、呪術的なタブー規制の反射効のみ)、他方で、氏族相互間には、贖罪契約および証拠契約にもとづく仲裁手続き (ここに、「請求権」、形式や期日の決定、証拠規則、判決といった「法的な」とり扱いの端緒)

  ところが、家支配の原理が、家産君主制に拡張され、前者の原理が後者の法発見に転用されるばあい、法創造・法発見・統治の境界が破られる。その結果、①法発見が形式的にも実質的にも「行政」と同じ仕方で、明確な形式や期日なしに、合目的性や衡平の [実質的] 観点にしたがい、首長の単純な決定や命令によっておこなわれる。その限界事例に近いものとして「糾問」訴訟、「職権」による裁定。逆に、②「行政」が訴訟手続きの形式をとる。Private bills (関係当事者の要請によって議会に提出される法案で、当該個人または地方団体の利害のみにかかわる) にかんするイギリス議会 (いわば「裁判官庁」) の審議、ドイツの予算。

  他方、「行政」が「私法」に接近し、両者の対立が薄れるばあい: ある団体機関が、団体機関として、個々人との間に契約を結び、当該関係が「私法」でなく「行政」の規範に服しながら、当該個人の請求権が、その規範によってもなお「主観的権利」として尊重される。古代ローマにおける (「法廷手続き」と「審判人手続き」とからなる正規の「訴訟手続き」以外の)特別審理手続きcognitio」でも、(政務官が判決までの全過程を担当するとはいえ) 一定の「行政法的権利保障」はなされた。[7]

 

2.「刑法」と「民事法」: 今日の区別 (完全に一義的には貫徹されていない): 「刑法Strafrecht」では、①客観的な規範侵害の、刑罰による補償という公の利益のため、②国家アンシュタルトの機関が、③正規の訴訟手続きにしたがい、被疑者を訴追する。それにたいして、「民事法Zivilrecht」では、①刑罰ではなく、法的に保護された原状の回復を求めて、②被害者自身が、③私的な請求権を主張する。

    ところが、原生的な氏族間の贖罪手続きは、この区別を知らない。部外者から人身・財産を侵害された者は、氏族の援助をたのんで復讐Racheまたは贖罪Sühneを追求。そのさい、(復讐を要する刑事) 犯罪Frevelと、(たんに原状回復を義務づけるにすぎない民事上の) 違法Unrechtmässigkeit、刑罰を求める公訴提起と民事上の請求との区別はなされず、両者は不法にたいする「贖罪」という統一的観念のなかに未分化に融合。

この未分化と関連して、(1)相手の主観的動機や「責任」の程度を顧慮せず、復讐欲を喚起した客観的結果のみを問い、(自然物や動物にたいしても) 復讐欲の充足=補償のみを追求。(2)「判決」の「法的効果」(執行) のあり方が、殺人でも土地係争でも同様。「職権による」執行が欠落。代わって、①判告の呪術的威力、② (ゲルマン人におけるような一定の軍事的発展から、「裁判民集会Dinggenossenschaft」が成立しているばあいには)「立会人」として関与した裁判民の判決尊重、 (これら①②の効果もないばあいには) 勝訴者とその氏族の「自力救済」(殺人も土地係争も区別せず、贖罪まで敗訴者の身柄を差し押さえる)やがて ④君主や政務官のインペリウム (家外権力) が、市場利害関係者の要求に応えて、「平和の確保」のため、執行の妨害を排除すべく介入し、官職装置を用立てるが、そのさいにも、さしあたりは民事上の手続きと刑事上の手続きとを分けずに執行。こうした原生的未分化の残滓: 法名望家層の影響が大で、贖罪司法の伝統が維持され、官僚制化が進まなかったイギリスやローマの法においては、(君侯のインペリウムが優越した大陸とは対照的に) 具体的な目的物を取り戻す現物執行が認められず、土地係争のばあいにも、判決は金銭決済 (この金銭賠償主義は、市場発展の結果ではなく、違法行為は贖罪⇨贖罪金を要求するのみ、という原生的原理からの帰結)[8]

 

    原生的未分化状態の実体法への影響: すべての債務Obligationが、例外なく違法行為債務Deliktsobligation。①契約債務Kontraktobligationも、擬制により、違法行為債務として構成される。②債務が相続人によって継承されなかったのも、(相続権という観念の欠如に加えて) 相続人自身には違法行為がないとの理由。契約債務にたいする相続人の責任は、氏族仲間、家仲間、また、権力服従者-権力保有者の(違法行為にたいする)共同責任Mithaftungという迂回路を辿って構成された。③「ハント・ヴァーレ・ハント」の原則 (介在者の契約違反によって善意の第三者にわたった所有物にたいして、所有者は取り戻し訴訟を提起できない) も、訴権は違法行為を理由として窃盗犯人や贓物故買者にたいしてのみ認められるという原生的原則に由来。(ちなみに、この原則が、ドイツ法とは異なり、ローマ法やイギリス法ではおこなわれていない、という事実は、取引上の利害関係者が、さまざまな実体法に順応できる、言い換えれば法発展が大きな固有法則性をもつ証左。また、被告の側に違法行為があることを前提に、被害者側にのみ訴権を認める一面的訴訟範型にたいして、ローマの所有物取戻訴訟、ギリシャのディアディカジー、ゲルマンの不動産訴訟は、双面的訴訟範型にしたがうが、これは、贖罪追求ではなく、ゲマインシャフト仲間として土地所有資格を争う身分訴訟に由来。) [9]

 

    原生的状態では、職権による執行がないのと同じく、職権による訴追もない。家内部、氏族内部 (仲間間) では、それぞれ家長、氏族長老が、自由裁量で裁定、懲戒。

「刑法」の原初形態は、家外で、しかも個々人の行為が、隣人団体・氏族団体・政治団体全体を危険にさらすばあいに発展: ①「超感覚的諸力übersinnliche Mächte」の報復を全員に招きかねない、タブーの侵犯 (宗教犯罪) 呪術者や祭司の勧告にしたがい [ちなみに、この箇所に、第8段落冒頭の「呪術者や予言者の権威、また、ばあいによっては――その力の源泉が具体的な啓示にあるかぎり――祭司の力も、家長の原初的な力と同様、主観的権利や客観的規範による制約から解放されてありうる。この点についてはすでに論じられたし、後段でも論じられるであろう。ところで、呪術信仰は、『民事法』と区別される『刑法』の原生的源泉のひとつである」(WuG: 390, 世良訳: 78) を編入することができよう]、追放 (平和喪失) やリンチ裁判 (ユダヤ教徒の石打ち刑) その他の呪術的贖罪手続き。氏族相互間の「復讐」と区別される「内部的刑罰interne Strafe」の第一源泉; ②軍事団体全体の安全を脅かす裏切り・規律破壊・臆病など (軍事犯罪) 戦争指揮者と軍隊による内部的刑罰。[10]

 

    しかし、形式と規則に拘束される「刑事手続き」への直接の出発点は、復讐。違法行為にたいする家父長的・宗教的・軍事的制裁は、さしあたり無拘束で、形式や規則とは無縁。とくに家父長権力は、当初には氏族の、やがて宗教的、軍事的権力の介入によって制限されることもあるが、その支配領域内では、法規則による拘束は稀。それに反して、(家産君主を含む) 家外の権力 (これをすべて「インペリウムimperium」と命名) は、次第に規則による拘束を受ける (その理由については、「支配」篇で)。刑罰を科する権力 (服属機関にたいする「懲戒権力Disziplinargewalt」と「臣民」にたいする「刑罰権力Bussgewalt) は、このインペリウムの構成要素で、「公法」と「刑法」との接点。[11]

 

インペリウムにたいする ①権力制限Gewaltbegrenzung (伝統Traditionまたは制定規則Satzungにもとづく、服従者側の主観的権利による、習俗上gewohnheitsmässig、慣習律上konventionell、また法律上のrechtlich制限) ②権力分割Gewaltenteilung (同等または優越する別のインペリウムによる制限)両者の同時共存もありうる。

近代の国家アンシュタルトは、ⓐ一定の規則によって選抜された、一定のインペリウムの担い手たちからなるゲゼルシャフト形成態Vergesellschaftungであり、しかも、ⓑインペリウムのそれぞれが、権力分割によって相互に限定されると同時に、ⓒ権力制限によっても (正当な命令権力を一定の範囲内に) 限定されている(家産制的-、身分制的-、また封建制的政治形象では、権力分割も権力制限も、異なる構造)。公法思想・公法学を生み出すのは、合理的国家アンシュタルトに特有の権力分割のみ (政治団体が合理的国家アンシュタルトに発展した西洋のみ)

近代公法概念を成立させた契機: 事実においては、政治的特権者たちが、「身分制等族国家(公的コルポラツィオーン)」にゲゼルシャフト形成を遂げ、この国家における権力制限と権力分割が、アンシュタルト構造に結合されたこと。理論においては、①ローマのコルポラツィオーン概念、②自然法、③[特別法を排除しようとした]フランス革命の思想。近代公法の発展については、「われわれに必要なかぎり」支配篇で採り上げる。以下 [この「法社会学」章] では主に、経済にとって直接重要な(今日の「私法」と「民事訴訟」の)領域における法創造と法発見について論ずる。[12]

 

法創造と法発見: 今日では、法の領域における公的団体の活動は、(1)法創造 (それぞれが合理的「法命題」の性格をそなえた一般的諸規範の定立) (2)法発見 (そうした諸規範や法命題の、具体的「事実」への「適用」、「執行」が付属) とに分けられる。ところが、法史上、この区別がないこともあった。①「司法」がすべて、そのつど決定をくだす「行政」であったところ。法規範も、法規範の適用を求める主観的権利もない。②客観的法が主観的な特権とみなされたところ。主観的権利請求の基礎には客観的な法規範があり、これが「適用」される、という考え方がまだ着想されない。③法発見が、一般的法規範の個々の事例への「適用」という形をとらずにおこなわれるところ。そういう非合理的法発見が、法発見一般の始原的形式で、ローマ法の適用領域を除き、過去の時代全体を支配。

3. 実体法と訴訟法: (1)法発見によって適用されるべき法規範と、(2)法発見自体の手続きについての規範、との区別も、今日の実体法と訴訟法との区別のようには、明瞭ではなかった。たとえば、①訴訟の成否が、インペリウムによる訴訟方式の指定にかかっているばあいには、実体法上の請求権が、当の訴訟方式 (ローマ法の「訴権actio」、イギリス法の「令状writ) を利用する権利と混同される。②法発見が、非合理的証明手段 (宣誓、宣誓援助、神判) にもとづくばあい、そういう呪術的意義をそなえた行為をおこなう権利-義務が、実体法上の請求権と混同される。ただし、そうした観念が支配していた中世にも、法書と訴訟法書との区別はあった。[13]

 

    法発展 (領域分化) の経済的被制約性と経済的意義 (一般): 以上に示したとおり、「今日われわれが慣れ親しんでいるいろいろな法領域についての基礎諸概念が分化してきた仕方 die Art der Herausdifferenzierung der einzelnen uns heute geläufigen Grundkonzeptionen von Rechtssphären」は、まずは①法技術的契機、部分的には②政治団体の構造、に依存。③経済による制約は間接的: 市場ゲマインシャフト関係Marktvergemeinschaftungと自由な契約とを基礎とする経済の合理化にともない、法創造と法発見によって調整されるべき利害紛争が複雑化し、法の専門的合理化と政治団体のアンシュタルト的性格の発展を強く促進。経済によるこれ以外の制約は、すべて具体的な事情にもとづいており、一般的な規則には定式化されえない。

    他方、そのようにして (内的・法技術的諸契機と政治的諸契機によって) 生み出された法の諸特質は、経済の形成に強く反作用gegenwirken。以下では、法、法創造および法発見の一般的で形式的formellな諸性質にはたらきかける諸事情のうち、もっとも重要なものについて考察。しかも、そうした諸性質のうち、われわれにとってとくに問題なのは、経済にとって重要な意義をもつ ökonomisch relevant (今日の「私法」) に見られる合理性の量と質。[14]

 

    法思考が合理化される諸方向: 法は法思考の展開方向 (一般化、カズイスティク、構成、体系化) に応じて、さまざまな意味で「合理的」たりうる。①一般化: 個々の事例にかんする決定の根拠を、一般的・抽象的「法命題」に還元。これは、事実要件の分析 (カズイスティク) を前提とするが、法命題の導出-純化のほうも、要件メルクマールの限定に反作用 (もっとも、一般的法命題をともなわない、「類推」による包括的カズイスティクも存立しうる)。②「法関係」の構成: 類型的なゲマインシャフト行為や諒解行為につき、法的に有意味な構成諸要素を確定し、それらを矛盾のない「法関係」「法制度」に構成する作業。この総合的作業は、①の分析と密接に関連しているが、両者がつねに並行して発展するとはかぎらない (洗練された分析と貧弱な構成との併存、またはその逆、もありうる)。③体系化: 分析によって獲得されたすべての法命題を相互に関連づけ、論理上矛盾のない、原理上「欠缺のない」一体系を構成する作業 (ただし、すべての体系化が「欠缺なき体系」を標榜したわけではない)。②における齟齬は、この種の体系化と構成作業との事実上の緊張から生ずる。とくにローマ法学における体系化は、法命題および法的に有意な行為の「論理的意味解明」から出発するため、直観的メルクマールから出発する法関係構成や分析的カズイスティクと稀ならず対立。[15]

 

    実務においてじっさいに用いられる法技術的手段も、法思考の展開方向の対立と交錯しながら、さまざまな方向に展開され、それに応じて、さまざまな意味で「合理的」たりうる。[16]

 

    法創造および法発見の、形式的あるいは実質的な非合理性-合理性:

(1)   形式的formellに非合理的: 知性によっては制御できない手段 (たとえば神託) が用いらればあい。

(2)   実質的materiellに非合理的: 一般的規範によらず、個別事例ごとに、具体的 (倫理的、政治的、その他、内容は問わず) 価値評価が規準とされるばあい。

(3)   形式的に合理的: 形式的formalな法、つまり、実体法上も訴訟法上も、もっぱら一義的で一般的な要件メルクマールが尊重されるばあい。このメルクマール: ①感覚的に直観的な性質 (一定の言葉、署名、一義的な象徴的行為など); ②論理的意味解明によって確定される性質 (⇨明確な法概念とその適用)この②のばあい、外部的メルクマールの一義性が薄れ、①の形式主義の厳格さは弱められる。

(4)   実質的に合理的: ②の抽象的規則ではなく、倫理的その他の実質的規範が、②の形式主義にも優越して、決定に作用するばあい (②と対立-緊張)

法の「専門法学的」純化が可能になるのは、法が②の意味で形式的であるかぎりにおいて (①の形式主義では、カズイスティクにとどまる)。②の抽象的意味解明によって初めて、一般に通用している法規則を、論理の手段によって、抽象的法命題の矛盾のない体系にまで総合し、合理化する、という特殊な (専門法学) 体系化の課題が成立。[17]

 

以下では、法の形成に関与する諸勢力が、法のこの形式的formell性質の展開に、どう作用するか、を問う。

ところで、最高度の方法的・論理的合理性を達成した今日の普通法学は、つぎのような要請から出発: ①具体的な法的判断はすべて、抽象的法命題の事実への適用。②あらゆる事案につき、既存の法命題から、法論理により、決定がえられなければならない。③現行法は、法命題の欠缺なき体系。④法的に有意に構成しえないものは、法的に有意ではない。⑤ゲマインシャフト行為はすべて、法命題の適用、実現、ないし違反 (シュタムラーの主張によれば、法体系の無欠缺性からして、あらゆる社会事象は、法的に秩序づけられている)[18]

 

しかし、こうした要請 [の当否] には立ち入らず、以下では、法の [じっさいの] 機能にとって重要な、その一般的形式的formal諸性質 [とその形成事情] について、探究していきたい。[19]

 

§2. 主観的権利設定の諸形式

1.     法命題の論理的カテゴリー、「自由権」と「授権命題」、「契約の自由」

    今日の事態 (かつては法形成の担い手であった諸団体が、単一の国家的強制アンシュタルトのなかに融合-解消し、この国家アンシュタルトが、「正当な」法の源泉であることを要求): この点は、法が法的利害関係者の (とりわけ) 経済的利益に仕える形式上formellの仕方に、特徴的な仕方で表現されている[この命題の位置価?]  

    前段で考察したとおり、権利の存立とは、「客観的法」によって「主観的権利」を付与された個人に、「強制装置」の援助がえられ、その期待が幻滅に終わらないシャンスがそれだけ増加する、という意味。社会学的に考察すると、この通常的ケースは、法的に保障されたシャンスが行政規則の反射効の形で個々人に与えられているケースと、流動的移行関係にある。そうした法的保障により、①既得の処分力の持続、②約束の履行が、それだけ確かとなる(法と経済とのもっとも基本的な関係)。加えては、③一定の経済的諸関係の(強制効果の付与による)創出。ただし③は、法発展の特定の状態を前提とする(以下その前提について)[20]

 

  近代法の「法命題」は、①命令的、②禁止的、③許容的、に三分される。社会学的には、①には、他人が一定のことをおこなうであろう期待、②には、おこなわないであろう期待、③には、第三者の妨害を受けずに、あることをなし、あるいは、なさないことが許されるという期待、が対応。①②が「請求権」の二形態。③が「授権」。[21]

 

  ③に対応する主観的権利として、ⓐ「自由権」(移転の自由、良心の自由、自由処分権など。法的に許容される範囲内で、国家アンシュタルトの妨害を含め、第三者の妨害にたいして、端的な保障が与えられる)。ⓑ「契約の自由」(個々人相互間の関係を法律行為によって自律的に規制することが、授権的法命題によって各人の自由意思に委ねられる)。ある法秩序における契約自由の比重は、市場拡大の関数。

交換のない自給経済のもとでは、法は、個々人が生み込まれ、そのなかで育て上げられ、あるいは、純経済的以外の事情によって編入された状態を、命令的また禁止的諸命題により、諸法律関係の一複合体として対外的に限定し、個々人にたいして「生まれながらの」自由の領域を、あるいは、経済外の契機によって規定された自由の領域を、指定する。交換は、法秩序のもとでは、ひとつの「法律行為」=法的請求権の取得・譲渡・放棄・履行。市場の拡大につれ、これらの行為は増加し、多様化する。法は、いかなる契約内容にも強制保障を提供するわけではないが、市場の拡大につれ、決定的な影響を与えるのは、まず市場利害関係者で、法がどんな法律行為を授権命題によって規律するかを規定。[22]

 

近代的な法生活、とくに私法生活の特質: 法律行為とくに契約が、法強制によって保障された請求権の源泉として意義を高めている: 今日のゲマインシャフト関係は、私法の領域にかんするかぎり、重点的には「契約社会」。個々人の正当な経済状態は、相続によってよりも契約によって規定される。[23]

 

しかし、その対立は相対的: 相続請求権も、相続契約ないし遺言によって設定されうる。ただし、前者は、今日では、(配偶者間を除き) あまり用いられないし、遺言の自由は、(アングロ・サクソン法以外では) 近親者の遺留分権によって制限されている。[24]

 

公法の領域では、官吏の任命、予算の決定 (国家アンシュタルトの独立諸機関の間における自由な合意)、国際法。過去においては、①身分制的政治形象: 公的目的のための手段の調達その他、多数の行政行為が、君主と諸身分との契約による。②レーエン制的結合: 契約にもとづいて成立。③ゲルマン諸部族の「蛮人法典」では、現行法が、「協約pactus」、すなわち官職権力とディンクゲノッセンシャフトとの自由な合意によって成立。④原生的な戦争行・掠奪行の臨機的ゲゼルシャフト形成: 形式的には完全に自由な合意にもとづく。⑤メンナー・ハウス: 元来は自由なゲゼルシャフト形成の持続化形態。訴訟法 (法発見) の領域では、⑥氏族間の贖罪契約から生まれた仲裁契約 (裁判または神判への自由意思による服従の契約。④⑤に劣らず原生的)。⑦私法的な契約の最古の類型も、訴訟契約に由来。⑧訴訟手続き上の技術進歩も、訴訟当事者の自由な合意の所産。⑨インぺリウムの介入も、手続きの進行を可能とするような契約の強制 (ちなみに、レーエン法分野の「授封強制」も、一種の契約強制)[25]

 

2. 契約自由の発展、「身分契約」と「目的契約」、目的契約の法史的由来

そのように、過去ないし最過去には、公法や訴訟法、家族法や相続法といった (今日では契約の意義が衰退した) 領域で、自由な合意という意味の契約が、請求権や義務の法的根拠として重要。ところが今日では、財貨の取引にかんする (私法の) 領域で、契約の意義が圧倒的に増大: 市場ゲマインシャフト形成と貨幣利用との集約的強化の所産。

それとともに、(契約が重きをなす領域のシフト=領域別比重の量的変遷のみでなく)、契約そのものの内在的性質も、「身分契約Status-Kontrakte(呪術的な「兄弟契約Verbrüderungsverträge) から「目的契約Zweck-Kontrakte(たいていは経済的な具体的給付や具体的効果の招来のみを目的とし、関係当事者の「身分」には触れない合意、たとえば交換Tauschのように、当事者たちの新たな「仲間」資格を成立させないような合意 ) に変化。[26]

 

目的契約の原型は交換: 始原的には、族外婚をおこなう氏族間の婦女交換 (兄弟関係設定行為をともなうばあいもある)。経済的交換は、外部にたいする、非仲間一般との交換。「沈黙交換stummer Tausch」では、いっさいの呪術的形式主義を欠く。呪術に代わって神々の観念が現れてくると、市場法の形で宗教的保護を受けるが、常態ではいっさいの保障を欠く。兄弟関係から派生するのでないような義務を、契約によって引き受ける、という観念が欠如。したがって、当初には双方の側における交換財の即時の占有引渡。占有は、窃盗犯にたいする復讐請求権と贖罪請求権とによって保護されている。交換が享受した「法的保護」も、「債権の保護」ではなく「占有の保護」。[27]

 

一定財貨の貨幣機能とともに、交換にかんする法学的構成 (銅衡行為)。貨幣契約=目的契約の原型、法の世俗化の手段。ただし、即時の現金取引で、将来にわたる約束 (したがって債権-債務) を含まず。原生的には、債権-債務は、違法行為にもとづくのみ(契約にもとづく債権-債務はない)[28]

 

政治団体が軍事団体として組織され、団体所属資格と (これにもとづく) 土地所有をめぐる争いが起きてくると、一方的な違法行為訴訟の形式は採れず、双面的な訴訟 (原告からの請求にたいして被告の側も義務的に反訴を提起する、ギリシァのディアディカジーやローマのウィンディカーティオー) が現れ、物的請求権が人的請求権から分離。原生的には、①家への出生・養育・養子縁組にもとづく団体所属と、団体財産の用益権から、物的請求権; ②他団体成員の侵害にたいする贖罪要求から人的請求権。[29]

 

この原生的二元性に、氏族内部の法的関係と氏族相互間のそれという二元性が交錯。ところが、氏族が崩壊して、家ゲマインシャフト、地域ゲマインデ、および政治団体が併存するようになると、政治団体の訴訟手続きが、氏族仲間 (さらには家仲間) 相互間の関係にもおよび、個々人の土地請求権も、訴訟の対象となる。ただし、政治権力が家父長制的性格をとるばあいには、内部紛争が行政問題として処理される。[30]

 

目的契約にもとづく債務-債権の承認が必要となる最古のケース: 消費貸借。これは、始原的には緊急時における「兄弟」間の無償援助で、訴訟はありえない。無償要求にしたがう必要のない対外的消費貸借においても、債務者への法的強制手段は欠。代わって債権者自身の呪術的手段 (自殺による威嚇、自殺、インファーミアなど)[31]

 

契約債務-債権の発展契機: ①経済生活への貨幣の導入。ローマ市民法上の原生的契約形式 (銅衡行為による債務契約と問答契約) は貨幣契約。しかし、この二形式も訴訟の系統を引く: ②贖罪契約=敵対者同士の契約で、争点と証明事項との定式化を要する (包括的身分契約から限定的目的契約への発展の機縁); ③被告の (相手方にたいする) 保証=(原生的な連帯責任⇨)保証人または担保の設定。後には、第三者に代わって被告本人が (判決の履行を) 約束-保証。この訴訟法上の手続きが、訴訟外の法生活にも転用される。④債務者の人的責任(奴隷としての奉仕、宿泊者への饗応など) 財産給付によって代替。[32]

 

可視的な占有移転の保障 象徴的な占有移転をともなう契約への保障。[33]

 

違法行為にもとづく訴訟 契約にもとづく訴訟。贖罪責任 復讐の買い取り 損害の賠償。契約の不履行は、賠償を要する加害、不法侵害 契約のための法的保護。[34]

 

純商業的取引を保障するその他の法制度として、①代理と②債権譲渡。[35][36]

 

3.「契約自由」のじっさい上の意義と、その制限

今日の契約は、任意の内容が、制限に触れないかぎり、当事者間に法を創造するばかりでなく[37]、第三者をも拘束するような授権を含む: ①反射効果 (新たな債務負担による債権者への影響; 新たな土地取得者による利用方法の変更による近隣への影響) [38]; ②特別法的効果 (奴隷契約、婚姻契約、「家族世襲財産」設定、株式会社の設立) [39]

他方では、第三者に影響 (損害) を与えないような内容の契約も否認=契約自由の制限: ①古ローマ法: 有限責任、合名会社の連帯責任や特別財産、永代レンテの設定、レンテ売買、永小作関係、無記名証券、指図証券、債権譲渡を認めない。②近代法: 奴隷契約、永代レンテの設定、性的関係などにかんする「良俗に反する」契約を否認。[40]

 

制限根拠 (一般論): 必ずしも経済的要請がなかったからではない。要請があっても法技術的「発明」がなければ、普及のしようがない。初期資本主義に適合的な法制度 (①証書の呪物としての取扱い、②ゲマインシャフトの連帯責任、③特別財産の分離など) がいずれも中世起原であることには、法技術的理由: 中世法は、ローマ法よりも論理的また国家アンシュタルト的合理化にかけて遅れ、それだけ具体的な利害関係者のサークルの要請に即して特別法を生み出しやすかった。そこには、(法学的に構成できないものは法的にも存在しえないとして、ときに法形式の貧困化を招く) 合理主義がまだ知られていなかった。その他 (家族法領域における制限、奴隷契約の禁止など) のばあいには、主として倫理的また政治的な根拠。41

制限根拠 (各論): ①性領域における制限 [42][43]、②遺言自由の制限 [44]、③奴隷契約の禁止 [45]、④永代小作の禁止ないし制限 [46]

 

4. 契約の自由、団体の自律と法人格

    今日の法は、契約自由にたいする制限を、禁止法による明示的対抗ではなく、契約範型を設けないとか、要件事実を両立不可能なように構成するとかの方法で、おこなっている。他方、(たとえば株式会社設立のような) 特別法的授権については、それに相応しい契約範型を設け、利害関係者のあらゆる合意が、その範型に準拠せざるをえないようにしておく、という法技術的形式をとる。①法の統一化・合理化と、②アンシュタルトとして組織された近代的政治団体が、法創造を公式に独占したこと、との結果。[47]

 

   過去の特別法は、「自発的な法gewillkürtes Recht」すなわち、「身分的な」諒解ゲマインシャフト”ständische” Einverständnisgemeinschaftenないしは [自発的な誓約によって] ゲゼルシャフト関係を取り結んだ「アイヌンク」vergesellschaftete “Einungen”が、伝統または合意にもとづく制定によって創造した法、そのように自律的に制定された秩序autonom gesatzte Ordnungenとしての法、であった。この意味で、自発的に制定された特別法が、「ラント法Landrecht(一般的な通用力をもった普通法das gemeine, sonst gültige Recht) を破る (に優先する) というのが普遍的に、西洋以外のほとんどすべての法地域で今日もおこなわれている原則政治的アンシュタルトは、ゲマインデに一定の機能を付与し、他律的団体に転化したが、それと同様、そうした特別法を、政治的アンシュタルトが許容する限度でのみ効力をもつものとして、政治的アンシュタルト自体の秩序に包摂し、下属させようとしているが、これはけっして始原状態ではない。むしろ、一定の地域内または一定の人的範囲内で通用している法の全体は、相互に独立した、さまざまな諒解ゲマインシャフトや、ゲゼルシャフト関係を取り結んだ「アイヌンク」の、自律的な簒奪によって創造され、維持されてきた。それら相互間の関係の調整は、相互間の妥協Konpromisseによって、あるいは優越する政治的ないし教会的権力によって授与oktroyierenされた。[48]

  

  特別法の担い手であった諒解ゲマインシャフトやゲゼルシャフト関係 (「法ゲマインシャフトRechtsgemeinschaft): 過去には、①客観的事実 (出生、政治的・即人的・宗教的所属、生活様式、営利の方法) にもとづく人間群Personengruppe、または、②明示的な兄弟契約Verbrüderungによって成立する人間群。特別法への服属は、そうした団体成員の、成員としての人的資格にもとづく独占的特権。したがって、そうした人間群を統合した帝国の統一的法発見機関では、関係者が所属し、表明する種族的、宗教的、また政治的部分団体ごとに、それぞれ異なった特別法が適用される (属人法主義)。しかし、この原則が完全に貫徹されたわけではなく、ⓐ特別法 (「市民法」) とラント法 (「万民法」) との併存、ⓑ政治的ないし教権制的支配者による「官権法」の授与、ⓒひとつの政治団体による諸属人法の内容的吸収-同化など、多様な事態: 多数の法ゲマインシャフトが併存し、それぞれの自律が交錯する: 政治団体がすでに統一体として出現しているとしても、そうした法ゲマインシャフトのうちのひとつ。[49]

 

  特別法仲間としての人的資格にもとづく一定の客体 (レーエンなど) の対外的独占 (と対内的専有) が、放棄され、個々人が複数の団体に分属するようになると、逆に、当の客体の専有にもとづいて特別法への参加がおこなれわるようになる。これは、特別法が、物や人の、一定の純技術的ないし純経済的性質に即して制定され (たとえば工場法)、これによって規制され関係に、形式的には誰もが参加できる、今日の状態にいたる過渡的階梯。物の「身分的」性質が、当の物にかんする特別法の妥当根拠。ここでは、客観的特別法規範の適用が、参加者の主観的特権として要求される。[50]

 

こうした身分的特別法-特権法概念にたいしては、国家アンシュタルトの法概念が基本的に対立。とくに古代ローマや西洋近代における「市民」層の台頭期には、この対立が尖鋭化して、あらゆる「特権」法を否定。ただし、この否定は貫徹されず、近代法自体が、数多の(ただし、身分的特権とは異なる基礎に立つ)特別法を創出。[51]

 

あらゆる個々人とあらゆる事態が、形式的な「法的平等」にもとづくアンシュタルトに編入されたのは、ふたつの合理化力: ①市場の拡大、②(諒解ゲマインシャフトの機関行為の)官僚制化、の所産。ⓐ「社団Verein」にたいして法的に限定された自律を認める一方、その「社団」には、誰もが参加でき、誰もがその自律を利用できるようにする。ⓑ一定種類の私的でザッハリヒな法律行為によって自発的な法を創造しうるとする範型的授権を、万人のために創り出す。自律的法創造の技術的形式をこのように変化させた推進力は、①経済的には、市場における形式上は「自由な」価格闘争と競争において、財産それ自体によって特権的な地位にある市場勢力利害関係者の利害関心と、②政治的には、国家アンシュタルトの支配者や官僚の勢力欲。形式的な法的平等に対応する一般的授権は、じっさいには、そうした有産階級のみが利用でき、したがって、事実上、かれらにのみ自律を生み出す。[52]

 

この自律は無定型: 特定が可能な人的サークルとの結合はない。特定が可能なサークルの (諒解または制定秩序によって行使される)自律は、たんなる契約の自由とは異なり、客観的規範と主観的請求権との境界域にある。制定規則が「決議Beschluss」に由来するばあいは「自律 (自治権); 具体的な個々人の間の「合意Vereinbarung」に由来するばあいは「契約の自由」。属人的特別法から、(レーエン法・荘園法・家人法・商法・手工業者法のように、それぞれ特定の社会的・経済的関係について妥当する)「属関係的特別法」をへて、(ラント法に統合された)「即物象的特殊法」へ。この統合が達成されるかいなかは、政治的事情による。それまでの特別法とラント法との関係は多様。[53]

 

ローマの事情: 特別法としての市民法と万民法 [54]; フィデース [55]; 共和政も帝政も、私的団体を政治的脅威とみなし、近代的意味の社団としてのみ自律を認める [56]

 

国家アンシュタルトへの自律的団体の統合、前者による法創造の独占にともない、(そうして非自律化された) 団体自体を主観的権利の担い手として取り扱う法形式も変化。それ以前には、他の団体の構成員に連帯責任を負わせ、血讐、復仇、和解Vergleichを追求。和解締結のさい、だれが法仲間を対外的に代表Vertretungする資格をもつか、の問題。(村仲間・ギルド仲間・マルク仲間などの) 法仲間が、通例誰の指令にしたがうか、にかんする経験。決議は、決議に参加し、賛成した者のみを拘束。全会一致が必要。妥当力ある法は啓示、したがってそれには賛同する義務。決議を執行する機関の選任方法 (そのつどの選挙、任期を決めての選挙、世襲など、多様)

①団体間-団体内の分化-専有が進み、一方で個々人がさまざまな団体に同時に所属し、他方、団体の内部関係においては、機関および個々の仲間の、処分権の範囲が規則によって限定されると、さらに (交換経済の拡大の結果)一方では個々の仲間の、他方では全員の、対外的目的契約が増加し、各成員や機関の行為の有効範囲を確定する必要が生ずると、このふたつの条件からは、契約取引および訴訟における団体の地位、団体機関の資格という問題が表面化する。この問題にたいするひとつの法技術的解決が、法人juristische Personの概念。[57]

 

法人概念を合理的に徹底すると: 団体の法領域を独立のものとして構成し、各構成員の法領域から完全に分離する。規則によって決められる特定の人 [機関] だけが、団体に義務を負わせたり、権利を取得させたりする法的な資格をもつとみなされる。しかし、そうした法的諸関係は、個々の成員の人身や財産にはまったく影響をおよぼさず、成員の契約とはみなされないで、法的にはまったく別個の団体財産に帰属される。(成員が成員としての資格で、団体にたいして何を請求し、何を給付すべきかは、団体規約によって規制されるとしても) 団体財産から法的に完全に分離された私的財産に属する成員の請求権と義務も、まったく同様 [団体の法的諸関係には影響をおよぼさない]。個々の成員は、個々の成員としては、団体に権利を取得させることも、団体を義務づけることも、できない。そうしたことは、法的には、機関だけが、しかも団体名において行為することによってのみ、なしうる。その機関行為を拘束しうるのは、正規の資格ある成員たちの、(規則にしたがって召集される) 正規の集会の、正規の決議のみ。

法人概念の拡張: ①財団Stiftung: 団体財産が、目的財産Zweckvermögenとして、(一団体にまではゲゼルシャフト形成を遂げていない)特定の多数者に利用されるように、その利益を独立して代表する機関が、法定される形式。[58]

 

②コルポラツィオーンKorporation: 確定範囲の人々だけが、正規の資格をもつ構成員をなし、管理はかれらの委任による。加入は、純私法的な権利継承か、合議機関の決議による。③アンシュタルトAnstalt: 法的には機関のみ存在し、これが団体の名において行為。成員は、成員資格を義務づけられ、管理にたいする影響力はもたない。加入は、成員の意思とは無関係に、機関の自由な判断か、一定の規則による。[59]

 

財団-アンシュタルト-コルポラツィオーンの境界は、法的にも流動的。アンシュタルトは必ずしも他首的ではない(教会は自首的アンシュタルト)[60]

 

団体が、団体の名で契約を締結する必要のある財産をもっていないばあい、法人概念は無用。参加者数が少なく、存続機関が短い組合のばあいには、不適当。そこで、その種の団体やゲゼルシャフト形成態にとっては、合手制Gesamthand: 全体の法領域や特別の代表機関の分離を認めず、全員共通の法的行為、または一部による代表行為に、全員がその一身と財産をもって責任を負う原則。資本主義の信用需要に適合。家ゲマインシャフトの連帯責任に由来。相続人ゲマインシャフトにおいて、取引の影響で誓約兄弟関係が解体し、全体の財産から成員の個別財産が、全体の責任から成員の個別責任が、法的に分離し始めたとき、当の相続人ゲマインシャフトの法的再編成として成立。ここから、自由意思にもとづく数多のゲマインシャフトの基礎として普及: ①合名会社(家ゲマインシャフト関係を資本主義経営に合理的に再編成した形態); ②合資会社(合手制原理と、コンメンダないしソキエタス・マリースの法との結合形態); ③有限責任会社、④海運・遠隔地貿易における企業者たちの合手制ゲゼルシャフト(商人、船主、乗組員の原生的な誓約兄弟関係の、利害-危険負担ゲマインシャフトへの合理的転化形態) など。[61]

 

これらのすべてに典型的に見られるのは、誓約同胞関係が取引関係によって、身分契約が目的契約によって駆逐されていながら、全体を別個の権利主体とし、共同に保有されている財産を分離財産とする、法技術的に合目的的な取扱を維持していること。他方、機関装置の形式的官僚制化は、なくて済まされている。合手制でなく、ケルペルシャフトとして構成したとしたら、機関装置が技術的に必要とされ、官僚制化も不可避だったろう。

合手制の合理的発展は、中世以来の西洋の法体系にのみ固有、ローマ法には欠。ローマ市民法の優れて分析的な性格という法技術的理由のみでなく、古代資本主義の奴隷制的また政治寄生的特質にもよる。恒常的な信用需要をともなう永続的な産業経営の欠如。[62]

 

他方、国家アンシュタルト自体も法人格として扱われるかどうかは、片や法技術的に、片や政治的に規定された。その帰結は通常、国家も私人と同等に、提訴し、提訴される資格をもつ。しかし、訴訟能力と法人格性とは、法的には本来、関係がない (多くの合手制ゲゼルシャフトは、法人格はもたないが、訴訟当事者とはなりうる)。しかし、両者は法史上では密接に関連。[63]

 

政治権力が、移動自由な資本家・手工業者・労働者をライトゥルギー的に強制できないばあい、法人格として取り扱われ、通常裁判所の管轄権に服し、私的利害への保障がたかめられる。しかし、後者が認められない種々のばあいにも、必ずしも私的利害への保障が低下するわけではない。[64]

 

法技術的な理由から、後者が認められないばあい: ローマで、国家-私人間の訴訟が、正規の審判人訴訟からはずされ、特別審理手続きに委ねられる。後には、特別審理手続きが、皇帝の管理するフィスクス・国庫にもおよぼされる。これは私人の国家資本主義的利害にとってむしろプラス。[65]

 

中世の身分制においては、「公」-私の区別がなく、君主にたいする訴訟も可能。やがて国家が主権を要求し、裁判所への服属から解放されると、逆の結果。しかしここでも、法技術が君主の政治的利害に、ローマ法のフィスクス概念を利用して対抗。このフィスクス概念は、古代にもアンシュタルト概念を生み出しえたはずであるが、ローマ法には、アンシュタルト概念も財団概念も知られていない。財団概念の由来: 宗教的な寄進法 (信者の寄付を、その趣旨に即して運用する規則) が、ビザンツ法、イスラム法 (ワクフ・回教寺院への寄進) で世俗目的に転用。西洋では、カノン法の財団概念から波及。[66]

 

アンシュタルト概念の由来: ローマ末期のカノン法から: カリスマ的権威と自発的ゲマインデが後退し、司教の官職官僚制が強化され、司教が教会財産の管理を法技術的に正当化しようとしたときに成立。中世カノン法は、私有教会制にたいする闘争から、教会コルポラツィオーン法 (ただし、教会がヘルシャフト的・アンシュタルト的構造をもつ結果、社団や身分制的団体のそれとは異なる) を展開し、これが、世俗のコルポラツィオーン法にも影響。その後、近代の国家行政: 学校・救貧施設・国立銀行など、公の経営につき、(成員・成員権はなく、他律的・他首的機関があるのみなので) コルポラツィオーンとして構成することは不可能なので、アンシュタルト概念を構想。[67]

 

コルポラツィオーン概念の由来: 帝政期のローマ法、従来の主権的諸都市を、コルポラツィオーンとして帝国の官僚制に編入。[68]

 

ローマ最古の社団 (兄弟盟約にもとづく祭祀仲間)、共和制初期の職業団体 (同左)、農業団体なども、帝政期におしなべてコルポラツィオーン法に服し、救済資金組合などに合理化される (官僚制化によるコルポラツィオーンの平準化)[69]

 

中世大陸法: ①ゲルマンのゲノッセンシャフト法、②カノン法、③法実務によって継受されたローマ法、の影響。単純な合手制から純政治的なゲマインデ (都市ゲマインデ) にいたる諸団体は、共通に訴訟能力と財産能力をもつが、全体と個人の関係、管理のありかた、機関の構造、などは多種多様。そのカズイスティク。[70]

 

団体の法的構造と経済との関係: そのカズイスティク。[71]

 

一般に、団体の法的構造の発展は、経済的条件によってのみ規定されたわけではない。イギリス法と大陸 (とくにドイツ) 法との対立: 前者におけるゲノッセンシャフト法の欠落、コーポレイション・ソウル理論の適用、要するに団体概念のアンシュタルト的性格は、主として政治的事情に由来: イギリスにおける強力な中央王権と行政手段の存在。[72]

 

イギリスにおけるコルポラツィオーンの代用物としての信託trust制度: 一定の権利が、受益者-公衆一般のために、特定の人物や官職保有者に信託されていると見る。[73]

 

そうした基調から、イギリスでは、マルク仲間が、独立の法主体とは認められず、荘園領主が、分配されていない土地の所有者(農民は用益権のみ)。すべての土地保有は、国王の授与にもとづく。すべての団体の処分権も、特定の人物に授与された特権。これを補強したのが、国家の封建制的-身分制的構造: あらゆる支配権力が、一定の特権の複合体で、その保有には一定の特権付与が必要。こうして、すべてのコルポラツィオーン形成が、認可-統制に服する目的団体となり、政治的に権威づけられた目的アンシュタルトの性格を帯びる。こうした法状態の起原は、ノルマン人行政のライトゥルギー的性格、すべてのゲマインデが、国王行政のためのライトゥルギー的義務団体。それにたいして、大陸では、ようやく近世の官僚制的君主国家が、ゲマインデ、ツンフト、ギルド、マルク仲間、教会その他、伝来のコルポラツィオーンの自律を破砕し、認可-監督-統制に服させる。[74]

 

ついで、フランス革命が、いっさいのコルポラツィオーン、社団形成、社団の自律一般を粉砕。これには、急進的民主主義、自然法理論、市民層の経済的動機。イギリスでは、コルポラツィオーン法が漸進的に発展。その経過と、上記法状態の残滓。[75]

 

法発展のこうした差異は、ローマ法の個人主義的性格にたいするゲルマン法の社会的性格といった標語では、説明できない。以下、さらに視野を広げて検証。[76]

 

ドイツ中世のゲノッセンシャフト制度の豊富さは、主として政治的事情に由来する、世界史上に類例を見ない現象。この点を比較法制史的に検証すると: (インド法、ロシア法を含めての) オリエント法は、強制団体、とりわけ村落ゲマインデの集団責任-権利は知っていたが、ゲノッセンシャフト法、コルポラツィオーン概念は知らず。②イスラム法は、エジプト、ビザンツに由来する財産法は知るも、コルポラツィオーン法への萌芽はなし。③中国法は、一方では家族や氏族が個々人の社会的地位の保障者として意義をもちつづけていることと、他方では家産制的君主支配、この両者の協働。私人としての皇帝から独立した国家概念は存立せず、私的なコルポラツィオーン法や社団法は存在しない。ゲマインデは、公式の法のうえでは、租税や負担についての家族責任団体Familienhaftungsverbändeとして存在。じっさいには、氏族団体を基盤として、その成員に強い権威を揮い、経済上は、あらゆる種類の共通の制度をつくりだし、対外的には、 (皇帝支配の諸機関も最強の地方的権力として考慮に入れざるをえないほどの) 強固な団結を示す。しかし、この事実は、公式の法概念には表現されず、むしろ法概念の形成を阻止。この種の自律は、対外的には氏族やゲマインデの血讐の形で表現されるもので、明確に画定された内容をもたず、公式の法には承認されない。氏族と家族を除く、他の私的な団体、とりわけ貸付資金組合や埋葬資金組合の形をとって発展を遂げた職業団体の状態は、一部はローマ帝政時代、一部は19世紀ロシア法に似る。それにもかかわらず、古典古代的意味における法人格の概念は完全に欠落。ライトゥルギー的機能も、かつてはあったとしても、今日では原理的に消滅。資本主義的な財産ゲマインシャフトVermögensgemeinschaftは、中世の南ヨーロッパと似て、確かに家ゲマインシャフトへ形式的拘束からは解放されているが (たとえば、特定の「商号」が利用されてはいても)、法形式にまで発展を遂げてはいない。私的なゲゼルシャフト形成態の全体財産なるものは、ローマ古代におけるのと同様、法的には中国には存在しない。近代の商事会社は、古典古代のプープリカーニー (国家事業請負人) の組合と同様、法的には、個人的に責任を負う支配人をもつ組合関係や合資関係として取り扱われる。

以上、氏族が重要な意義をもちつづけ、経済的な組合関係形成Sozietätsbildungも、主として氏族の内部でおこなわれていること、政治的家産制によって自律的なコルポラツィオーン形成が阻止されたこと、自立的eigenständigな資本の投入先が、財政的 [政治寄生的] な利得シャンスと商業のみであったこと、これらのことが、古典古代や古代オリエントにおけるのと同様、私的団体法と財産ゲゼルシャフトVermögensgesellschaft [世良訳では「財産共同関係」] 法との未発達状態を生み出した。[77]

 

西洋中世の発展がこれとは違った経過をたどった原因: ①政治的 (とくに軍事的、国家経済的) 事情に由来する家産制の身分制的性格、に加えて、②ディンクゲノッセンシャフト的裁判の発展と維持。たとえばバラモンの制覇以降のインドにおいて、強力な中央権力の欠如から、商人的・職業的・農村的な諸団体の自律性が生み出されていても、それに照応する法発展には実を結ばない。それに比して、西洋中世の政治的首長は、軍事的に多忙のうえ、行政装置をもたず、それだけ服属民の好意に依存し、伝統または簒奪による反対請求権を尊重。服属民諸階層の権利が仲間権としてステロ化され、専有される。法発見においても、首長みずから、あるいはその官吏が、判決をくだすことはできず、法利害関係者・法仲間・ディンク(裁判民)自身の立合権、判決非難権を承認。カリスマ的法通暁者・宣示者・ないし審判人も、ディンクの批判 (したがって、判決の説得性により証を立てる必要) にさらされる。ここから、判決規準 (現行法) の定期的口頭開示、その文書記載 (ヴァイステューマー)団体的諸権利の文書確認、といった慣行が生まれ、事実上の自律が法発展に結実。

イギリスのように、家産制的王権がディンクゲノッセンシャフト的裁判を駆逐したところや、ドイツでも、政治的首長や荘園領主の権力が、行政装置を創り出したところでは、ゲノッセンシャフト的自律とゲノッセンシャフト法の発展は欠如ないし衰退。こうした発展経緯の規定要因としては、ローマ法の継受 (分析的・個人主義的法技術の採用) ではなく、①法を定立する団体の政治的構造 [⇨§§5, 6] と、②法形成の職業的担い手の特性 [⇨§4] とが、決定的に重要。[78]

 

5. 法ゲマインシャフトにおける自由と強制

    以上の経緯をへて、法によって秩序づけられる諸関係は、契約社会へと発展; 法自体も、契約の自由、とりわけ、法範型によって規制される授権にもとづく自律へと発展。しかし、その結果、個人の自由がはたして増大したか。他人と任意の契約を結ぶ可能性、法範型を利用して任意のゲゼルシャフトを結成する可能性は、近代法において、財貨取引および労働給付の領域では未曾有に拡大。しかし、それにつれて、自分の生活条件を決定する個人の自由が、きまって増大したというわけではない。形式的可能性は、万人による実質的利用ではない。

    とりわけ障害となるのは、法によって保障された財産分配の不平等。任意の労働契約を結ぶ形式的権利が、じっさいには、市場においてより有力な者 (通常は企業者) による労働条件の一方的指令に帰着。したがって、契約自由の第一次的結果は、財貨の所有を、市場において、他人にたいする勢力獲得の手段として、利用するシャンスの創出。とりわけ、授権法命題は、事実上これを利用できる有産者にのみ、自律と勢力的地位を保障。[79]

 

    命令規範と禁止規範の、授権規範による代替は、形式上は強制の縮減を意味するが、実質上は、当の授権を利用できる経済的地位にある者にとってのみ。私経済秩序では、強制が、生産手段の私的所有者により、市場闘争における力の展開という形式で、「無権威に」行使され、服従は「強制されたが欲したのだ」という形式をとる。「社会主義」的秩序では、統一的機関による命令と禁止の形式がふたたび優位を占めよう。しかし、どちらにより多くの強制ないし自由があるかは、双方の法形式の分析だけからは、決定できない。[80]

 

   「民主的な社会主義」秩序は、市場闘争による強制のみか、人的な権威による直接強制も拒否し、合意にもとづく抽象的規範にのみ妥当性を認める。他方、市場は、経済的諸「法則」の非人格的強制を生み出すが、営利経営の内部では、「規律」強化の極、強制の権威的性格が、維持、強化されることもある。同時に、強制力の掌握者は少数に「寡頭制」化される。したがって、強制一般の量のみか、その権威的性格といった質や社会的構造も、双方の法形式の分析だけからは、決定できない。[81]

 

§3. 客観的法の形式的性格

1.     新しい法規範の成立、[制定法と]「慣習法」

今日、新しい法規則は、立法 (憲法によって正当と認められた手続きにしたがう人間の法制定) によって成立。原生的にはそうではなかったし、経済的-社会的分化がかなり進んだ段階でも、必ずしもそうとはかぎらない(イギリスの「コモン・ロー」)。ドイツでは、制定法以外の法は「慣習法」と呼ばれる。

「慣習法」は、普通法学により、①事実上共通の慣行、②その適法性Rechtmässigkeitにかんする共通の確信、③合理化可能性Rationabilitätを前提として妥当する法、と定義されており、これ自体は有用な法学的構成。しかし、制定法以前における法の成立事情が、この「慣習法」概念によって説明されるわけではない。[82]

 

2.     法発展の事実的諸要因。利害関係者の行為と法強制

法規範観念の原生的な成立機序: 行為の純事実的慣習Gewohnheitenが、まずは ①心的「志向Eingeselltheit」の成立により、「拘束的verbindlich」と感得され [て「習俗Sitte」となり]、ついで ②個人をこえる普及の認知とともに、「諒解Einverständnis」として、他人もまた意味のうえでそれと一致した行為をおこなうであろう、という (半ば、または完全に意識的な) 期待に [よって「慣習律Konvention」に] までたかめられ、やがて、③強制装置による保障が与えられ [て「法Recht」にな] る。とすると、純理論的にも、それ自体「拘束的」と感得され、聖化されている諸慣習の惰性的集合のなかに、およそ新しい動きBewegungが生じてくるのは、いかにしてか、という問題が提起されよう。

そうした動きの背後に「民族精神」の発展を想定する歴史法学派の構想は、学問的には無効。

(1)    新しい法が、関与者により「新しい」とは感得されずに、無意識裡に成立: ①新しい行為事実が発生し、これに旧いい法が適用され、「意義変化」が生じているが、そうとは気付かれない; ②新旧の事実に、じっさいには新しい法が適用されていながら、それが「新しい法」とは認知されず、つねにそのように妥当してきた、と信じられている。

(2)    事実も法も、ともに「新しい」と意識され、評価される。

この「新しいもの」は、どこからくるか。なるほど、外面的な生存諸条件に変化が生じ、これが、(それまで経験的に妥当してきた) 諒解の変化をもたらすこともある。しかし、外面的な生存諸条件の変化は、諒解変更の十分条件でも必要条件でもない。決定的なのは、新しい種類の行為で、これが現に妥当している法の意義変化をもたらすか、あるいは新しい法の創造に通じる。ところで、(結果として法の変更をもたらす) 当の新しい種類の行為に関与するのは、

具体的なゲマインシャフト行為の個々の利害関係者。「新しい」生存諸条件のもとで、自分の利益を守るために、あるいはまた、従来の生存諸条件のもとで自分の利益を従来よりもいっそうよく守るために [このばあいには、生存諸条件の変化なしにも]、利害関係者は、自分の行為、とくにゲマインシャフト行為を変更する。これによって新しい諒解が成立し、新しい意味内容をそなえた合理的ゲゼルシャフト関係が成立するばあいもある。やがて、この新しい諒解やゲゼルシャフト関係が、それはそれでふたたび、新しい純事実的慣習を成立させる。(もっとも、行為のそうした新しい方向づけがまったくなされないばあいにも、生存諸条件の変化によって、ゲマインシャフト行為の全体状況に変化が生ずることもある。すなわち、既存の行為 [様式] にいくつかの種類があるとき、そのうちでも、変化した条件のもとで当該利害関係者の経済的ないし社会的シャンスにもっとも好都合な種類のゲマインシャフト行為が、従来の諸条件のもとでは同様に「適合的angepasst」であった他の種類を犠牲にし、単純な「淘汰Auslese」によって生き残り、ついには共有財になる、ということがある。しかも、この過程は、理論的な極限事例をとってみれば、個々人のだれひとりとして自分の行為を変更していなくとも、生じうる。自分たちの習俗をとくに執拗に守るような種族的ないし宗教的な人間群の間の淘汰過程では、この種の現象が、少なくとも近似的には起きるであろう。しかし) 全体として見ると、ゲマインシャフト行為とゲゼルシャフト関係の新しい内容が、個々人の [意識的]「発明Erfindung」によって創造され、それがやがて、模倣Nachahmungや淘汰によって普及verbreiten していくことのほうが多い。これは、近代のみでなく、生活様式がいくらか合理化されたあらゆる階梯で、とりわけ経済の新しい方向づけの源泉として顕著な役割。ただしそうした新しい合意が、法強制 (とくに政治的法強制) によって保障されるかどうかには、当該利害関係者が関心を示さないばあいもある。また、なんらかの保障が期待されるばあいにも、国家の法強制ではなく、(たとえば、呪術的自己呪詛としての) 宣誓や、村落団体 (「ツァドルーガ」) の権威で足りることもある。[83]

 

政治的法強制の意義は、宗教上は同等の正当性をそなえたイスラーム四法学派のうち、ハナフィー学派が政治的法強制も利用して、他の諸条件は等しい他の三学派を凌駕した事例からも知られる。また、市場利害関係者は通例、政治的法強制に無関心ではなく、目的契約の範型も、そのシャンスを計算に入れ、これに準拠して有利に発明-設定しようとし、職業的助言者(「予防法律家Kautelarjurist」)を雇用。利害関係者一般ではなく、職業的法律家が、私的イニシアティヴによる法「発明」・法創造の担い手として登場。とくにローマ法とイギリス法。[84]

 

他方、強制装置の側も、一定の諒解や協定の普及という事実を顧慮し、これに影響される。そのさい、新協定の意味が争われていたり、その普及が不十分だったりすると、強制装置-「裁判官Richter」の決定が、淘汰過程に介入し、法として生き残る種類を選定。「裁判官」は、すでに定立された一般的規範を個別事例に適用するのではなく、逆に、個別事例にかんする具体的決定により、その規準が一般的な経験的妥当性を取得する形で、「客観的な法」を創造。そこで、裁判官が、強制装置の側からする法創造の担い手。

 

3.     原生的紛争解決の非合理的性格 

原生的法発見は、呪術的手段による法啓示Rechtsoffenbarung。一般的規範の適用でないばかりか、個別的決定から一般的規範が導出されることもない。この神判 Gottesurteilの階梯をこえても、個別事例かぎりの非合理的決定が支配。コーランや旧約聖書のような聖典では、法的決定も簡単に覆されて不安定: 適用においても創造においても、「規則志向性Regelhaftigkeit 」が皆無。俗人の裁判官も、それだけ「人物」や「情状」に引きずられ、「規則志向性」(形式合理性) をもたない。しかし、判決が神託としての性格を失って議論の対象となり、合理的理由が求められ、前提されるようになると、なにほどかは、安定性と規範へのステロ化が生ずる。これは、「超感覚的諸力」に問題を差し出し、その判断を仰ぐ有効な形式への拘束という原生的証拠法の呪術的制約にもよるが、裁判官がある事例で、他人にも分かり、論じられもする形で用いた決定規準は、不公平との非難を受けたくなければ、類似の事例でも採用せざるをえないという当然の事情にもよる。とくに生活一般に伝統が支配し、当の規準が伝統、個々の決定は伝統の発現、と感得されているばあい。この意味では、すでに妥当している規範 (伝統) の個々の事例への「適用」という主観的信念は、神判-法予言の時代を抜け出た法発見には広く普及していたともいえる。[85]

 

4.     カリスマ的な法発見-法創造

新しい法規則形成の源泉は、以上ⒶⒷⒸの他、カリスマ的法告知者(による個別的決定の判告と、一般的規範の啓示-指令: 安定した伝統を革命する原生的要素、いっさいの法「制定Satzung」の母。カリスマ的な資質をそなえた者にたいする新規範の鼓吹Eingebungは、外面的な諸条件の変化による具体的な機縁なしにも生ずるが、通例は、経済的その他、生活条件の変化から、伝統によっては対処できない、新しい問題状況が生じ、問題解決の規範が、呪術的手段によって人為的に獲得される。そのさい、旧伝統の解釈と新秩序の啓示との境界は流動的。[86]

 

問題は、以上Ⓐ~Ⓓが、法の形式的性質にどういう帰結をもたらすか、にある。呪術の介在から、問題の種類に応じ、正しい仕方で呪力に問う必要が生じ、原生的法手続きの形式的性格がもたらされる (要式を間違えるとすべて無効)。とくに証拠法: 誰が、いかなる形式で、呪力に問いを提出できるかを規制。決定そのものは非合理的で、合理的根拠を欠く。決定主体が呪力や神から、カリスマ的賢者、伝統に通じた古老、氏族長老、選出された仲裁裁判官、同じく常任の法宣示者、政治的首長に任命された裁判官、さらには「陪審」、に世俗化されても、この事態は不変。ちなみに、イギリス法は、陪審の非合理的評決から判決規準を引き出し、「先例法」として定式化。ローマでは、諮問に答える法律家が、審判人の「感情」的格率を、合理的法命題に彫琢。[87]

 

呪術的権威に提出されるべき問いの種類と方法の問題が、技術的「法概念」形成の第一歩。事実問題と法律問題、客観的規範と主観的請求権、債務履行を求める請求権と違法行為にたいする復讐要求、公権と私権、法の創造と適用、請求権を付与する規範と反射効果をともなう行政規則、といった区別はなされない。ただし、その潜在的萌芽はある: ゲマインシャフトの対内的リンチ裁判と氏族間の贖罪手続きは、職権による刑事訴追と私法的権利請求 (に対応); 家長の紛争解決と氏族間の贖罪手続きは、行政と「裁判」; さらにインペリウムが成立してくると、個々の命令と命令を正当化する規範・伝統(権限)[88]

 

伝統の領域内部でも、呪術者や祭司によって掌握されないかぎり、法は不安定。新命令のカリスマ的啓示から、インペリウムをへて、制定(合意または授与)による法定立へ。合意の担い手は、氏族の長ないし局地的な首長。村落や氏族のほかに、包括的な政治団体や諒解ゲマインシャフトが成立すると、その内部問題は、かれらの臨機または定期の会合によって規律される。会合における合意は、当初にはカリスマ的呪術者や賢者の法悦Ekstaseを介しての、新しい原則の啓示であり、会合の構成員は、この原則を自分の団体に持ち帰って伝え、これを遵守させる。しかし、技術的な指令、判決における伝統の解釈、規則の新たな啓示、三者の区別は明瞭でなく、呪術者の威信も不安定であったため、啓示は事実上排除されるか、合意を事後的に正当化する手段に後退して、法制定の世俗化が進行。通常は、制定法の観念は欠如、判決が先例としての権威を帯びる。こうした中間段階の典型例が、北ゲルマンのヴァイストゥームとイギリス議会の決議。前者: 具体的または抽象的な法律問題についての権威者かちの判告。かれらの正当性は、個人的カリスマ、年齢、知識、出自氏族の名望家資格、(最後には、北ゲルマンの「法の語り手Gesetzessprecher」におけるように) 官職にもとづく。ヴァイストゥームも、当初には、客観的法と主観的権利との区別、法の定立と判決との区別、を知らず。[89]

 

実質的な制定法概念は、ローマ法に由来。市民軍の同意によって拘束力をもつにいたった政務官布告。西洋中世においては、カロリンガ朝の萌芽的試みのあと、ホーエンシュタウフェン王朝がローマ法の概念を採用。イギリスでは、ピューリタンやウィッグ派の合理主義によって広められる。カリスマ期の名残として陪審員制: 歴史的には、カリスマ的法予言者の後継者ではなく、ディンクゲノッセンシャフト的裁判の非合理的証拠方法を、隣人の証言に置き替えた君主的合理主義の所産。神託と同じく、合理的理由づけが欠如。カリスマ的法宣示の継承者は、ディンクゲノッセンシャフト的裁判において、裁判官は秩序維持にあたるのみで、判決は審判人Schöffen や「法の語り手」がくだすという制度。これが、西洋中世におけるゲノッセンシャフト的-身分制的自律に寄与。

 

5.     法創造の担い手としての「法名望家」

こうした法通暁者Rechtswissende: カリスマ的権威ゆえに、個々の事案ごとに呼び迎えられる (当初には) 呪術者、やがて祭司 (アイルランドのブレホンやガリアのドゥルイデース) か、選挙によって権威者として承認される法名望家Rechtshonoratiore (北ゲルマンの「法の語り手」やフランク人のランヒブルゲン)。「法の語り手」は、定期的な選挙により、さらには任命によって正当化される官吏に転化。ランヒブルゲンは、国王によって認証される審判人にとって代わられる。しかし、法を宣示できるのは、官権ではなく、カリスマ的有資格者のみ、という原則は不変。「法の語り手」が、自分の法発見の規準を、ゲマインデの集会で語り聞かせたものが、レークサガlögsaga (ローマにおける法務官告示の年ごとの公示に類例)ただし、後任者は、カリスマ的有資格者ゆえ、前任者のレークサガには拘束されない。[90]

 

類似の発展の痕跡: 始原的な神判・法予言の支配は、エジプト・バビロン・ギリシャ・イスラエルなどに遍在。祭司の勢力は、神託授与または神判手続きの指揮者としての機能による。血讐の訴訟への移行・平和化とともに、祭司の勢力も増大。純世俗的な裁判も、カリスマ的法発見の諸特徴を維持: ギリシャのテスモテタイ、ローマのポンティフィケースなど、形式的訴訟指揮と、カリスマ的法発見者による法宣示との分離。ローマにおける法務の公示義務、など。[91]

 

したがって、ゲルマン的法発展の特徴は、法発見と法強制との分離自体ではなく、この原理の長期にわたる維持と技術的彫琢。これが、①法名望家以外の法仲間も「立会人Umstand」として参加し、判決を「歓呼賛同Akklamation」によって承認し(ギリシャ、イスラエルにも痕跡)、②ばあいによっては、判決非難Urteilsschelteもおこなえる(ゲルマンのみ)という、いまひとつの重要な特徴と関連。一般自由人の規律ある判決参加は、原生的ではなく、特定の軍事的発展の所産。[92]

 

6.     ディンクゲノッセンシャフト的法発見

規範の世俗化(呪術的に保障された伝統からの解放)を促す最大の力は、戦争による変革。[93]

 

征服をおこなう戦争指揮者のインペリウムは、軍隊の自由な同意に拘束されるにせよ、内容上は包括的となり、平時であれば啓示された規範にしたがう諸領域でも、協定Vereinbarungまたは指令Oktroyierung[授与]によって規範を無から創造。武侯と軍隊は、捕虜・戦利品・征服地を処分し、そのさい、個々人の権利ばかりか、ばあいによっては妥当力ある規則も創出。他方、武侯の権能は、規律維持や安全確保のため、平時の裁判官よりも、伝統を犠牲にしてでも拡大。しかも、戦争による変革は、既存の慣行-伝統の妥当性-神聖性を、誰の目にも明白な形で剥奪。諸関係を改めて秩序づける課題が提起され、法の体系的確定が必要となる。

そのさい、法創造と法発見は、内外の敵にたいする安全確保という絶対的要請を受けて、合理化への傾向を帯びる。とくに裁判の担い手たち相互の関係も変わる。紛争解決および法発展への軍事団体の影響力が増大。年齢および(一定程度まで)呪術の威信が低下。①武侯のインペリウム、②神聖な伝統の守護者(俗人、祭司)、③軍事団体、という三者間の関係が調整され、これに応じてさまざまな帰結にいたるが、そのさい軍制の意義が大: ゲルマン人のばあい、個々のガウのディンク・ゲマインデ、また、政治団体の大規模なラント・ゲマインデに召集されたのは、装備自弁の土地所有者仲間 (ローマのポプルスも初期には同様)。しかも、移動しつつ新しい諸関係に入っていった諸部族 (とりわけフランク人とランゴバルド人) においては、軍事団体の力感情が増大し、法制定や判決に、決議を通じて参加する権利を要求し、貫徹する (あまり移動しない諸部族では、古くからのカリスマ的法宣示者の権力が破られていない)[94]

 

ヨーロッパの中世初期には、キリスト教教会が、教会の利益と倫理の維持のため、裁判や法定立への君主の介入を支援。このインぺリウムが、軍事ゲマインデ内部のカリスマ的またゲノッセンシャフトリヒ的裁判と衝突。ローマのポプルスのばあいには、重装歩兵軍への規律が発展を遂げていたため、インペリウムにたいするポプルスの権能は、死刑事件にかんする政務官の提案の承認と拒否に限定される。それにたいしてゲルマンのディンク・ゲマインデのばあいには、規律の発展が遅れていたため、法発見のカリスマが、職業的な担い手に排他的に独占はされず、すべてのディンク仲間に、立会人としての歓呼賛同や判決非難の権利が留保される。しかし、ゲルマンとローマ、いずれのばあいにも、官吏、法名望家および軍事-ディンク・ゲマインデ、三者間の協力が必要とされたから、形式は異なるが、「権力分割」がおこなわれ、これによって法および法発見の形式主義が維持される。それにたいして、①君主と官吏のインペリウム、あるいは法の官権的守護者としての祭司勢力が、法カリスマの担い手も軍事団体の参加も完全に排除して、全権を握るばあいには、法形成は、神政政治的-家産的性格をとり、後述のとおり、形式性の発展を阻止。他方、②ディンク団体が官権も法のカリスマも排除して、主権を樹立するばあいには、結果としては等しく形式性の発展を阻止 (ギリシャの民主制)。それに反して、③法仲間のゲマインデが法発見に参加してはいるが、主権的に支配するのではなく、法知識のカリスマ的また官権的な担い手の提案を受け入れるか拒否するか、にかぎられる「権力分割」のばあい (ディンクゲノッセンシャフト的法発見) には、 法発見は、ディンク団体を構成する民衆の好悪や情動の表現ではなく、法通暁者の啓示の産物として指令されるが、他方、後者のカリスマも、説得力による「証」を立てなければならず、この必要を通じて、法仲間の衡平感情が反映される。法全体は、形式的には「法曹法Juristenrecht」として、特別の知識、合理的な規則という形をとるが、実質的には「民衆法Volksrecht」。[95]

 

たとえば「ハント・ヴァーレ・ハント」のような法格言は、ディンクゲノッセンシャフト的裁判の時代における、法の民衆性と (法予言者を含む、訓練を受けた、あるいはディレッタント的な) 個々人による熟慮の産物。「標語」の形をとった断片的「法命題」。[96]

 

それにたいして、判決のための意識的格率の複合体として形式的に発展を遂げた法は、訓練を積んだ法通暁者の協働がなければ、けっして成立しない。財貨取引が発展し、たえず新たに発生する問題を解決するために、専門的-合理的な訓練が必要とされると、法通暁者の別のカテゴリー (法利害関係者の私的な助言者や代理人となる代弁人・弁護士) が登場。かれらが「法の発明」によって、法形成に大きな影響をおよぼす。ここに、法の特殊「法学的」合理化への道が開かれる。その直接の規定因は、法曹内部の事情、すなわち法形成に影響をおよぼしうるサークルの特質、とくに法教育・法実務家の訓練のあり方。一般的な経済的・社会的諸条件は、間接的に作用するのみ。[97]

 

§4. 法思考の諸類型と法名望家

1.     経験的法教育と合理的法教育

専門的法教育と法思考の発展には、①実務家による手工業的-経験的訓練と、②特別の法律学校において、合理的に体系化された形でおこなわれる学問的-理論的教育、というふたつの相対立する可能性がある。[98]

 

①の純粋型として、イギリスにおける弁護士のツンフトでおこなわれた法教育: 中世には「代弁人Fürsprecher」と「弁護士Anwalt」。前者は、ディンクゲノッセンシャフト的裁判における用語形式主義から、素人の当事者による自己弁護は不可能ないし危険なため、当事者に代わり、当事者の名義で、必要な言葉を「代弁する」役割を担って登場。裁判官が、判決人のなかから選任して、当事者に付き添わせる。後者は、国王の改革による訴訟手続きの合理化にともなって出現した当事者の代理人で、判決人を兼ねず。当初には聖職者、後には四つのツンフトInns of Courtに結集した俗人の名望家。当事者との接触と訴訟準備はattorneysolicitorに委ね、法廷業務にのみ従事。ツンフトの建物に起居し、裁判官はその仲間内から補充される。四年間の修練ののちに資格付与。大学教育との対抗上、イン内の学校で授業もおこなわれたが、独占達成とともに廃棄。完全に実務的で経験的な訓練。法素材の領域ごとに専業化。法利害関係者の類型的要求に応え、実務的に有用な契約-、訴訟範型を案出する「予防法学」を展開。直観的-具象的に一義的な、外面的メルクマールに固執する形式主義。個別から個別へと類推や擬制により推論。論理的意味解明による一般命題への帰納と三段論法による個別的決定の演繹、そうした一般命題の論理的体系化、というような専門法学的類型の形式主義には到達せず。いったん弾力的範型が創り出されると、それらがステロ化され、経済的諸事情の変化にもかかわらず存続。弁護士たちの既得-役得利害に抵触しかねない、いっさいの干渉、したがって体系的合理化に抵抗。そこからしてたとえば土地登記簿の欠落。[99]

 

  ドイツには、ツンフトに結集した弁護士身分ばかりか、弁護士強制も存在せず。代弁人と区別される弁護士への準備教育への要求は、後代、ローマ法による大学教育が確立した後に出現。統一的な国王裁判所がなかったので、強力な統一的ツンフトも存立せず、むしろ君主が、弁護士の義務や地位を規制。[100]

 

上記②の純粋型として、大学における近代的-合理的法教育。大学卒業が実務に携わる要件とされているばあいには、大学教育が法教育を独占。しかし今日では、司法修習と再度の資格証明によって経験的法教育とも結合。大学の法教育は、論理的意味解明によって形成される抽象的規範に志向。法思考は、法概念のそうした合理的-体系的性格と、具象的-直観的内容の乏しさとのために、法利害関係者の日常的要求から解放され、これを排除できるようになる。[101]

 

2. 神政政治的法教育

 ③合理的ではあるが、法学的に形式的ではない法教育の純粋型として、祭司学校 (または祭司学校と結びついた法律学校) の法教育: その特質の一部は、後述 [§52. ] のとおり、法の実質的合理化の追求に由来。ここでは、その存立条件の形式的特異性に根ざす一般的帰結だけを採り上げる: 聖典ないし口頭-、文書伝承によって確定された神聖法heiliges Rechtから出発。法利害関係者の実践的要求には志向せず、むしろ学者の知性主義に発する純理論的カズイスティクを追求。抽象的概念を生み出し、合理的体系性をそなえることもあるが、伝統に拘束される。したがって、そのカズイスティクは、法利害関係者の要求の変化にたいして、伝統的規範を改釈しつつ適用-維持していく、という特殊な形式主義は帯びる。[102]

 

また、人間や法秩序にたいする理想的 (宗教的、倫理的) 要求を抱え込む。祭司の直接指導からは解放されているが、神聖法に拘束された法律学校も同様。[103]

 

神聖法の伝承様式: 当初にはカリスマ的直接 (口頭) 伝承の原則; 後に、伝承の統一を維持するため、文書を重視。それと同時に、カリスマ期は去ったとして新たな啓示を拒否し、教会と教会伝承の神聖性のみが聖典の神聖性を保障するという (古プロテスタンティズムとは逆の) 原則。[104]

 

  神聖法の諸事例と、典型としてのインド法。[105]

 

2.     ヨーロッパ大陸の法名望家と、中世の法書

④法教育の担い手が、(イギリスの弁護士と同じく)名望家であり、しかも実務にたいする関係が、職業的ではあるが、(イギリスの弁護士とは異なり)特殊ツンフト的-営利的ではないばあい: 存立条件は、一方では法運営の脱宗教化、他方では、都市における取引が、名望家には対応できないような[質的]要求-負担量にまだ達していないこと。西洋中世、北ヨーロッパ大陸の法実務家は、その種の名望家のひとつ: イタリアの公証人Notare: ローマ帝国没落後、[古代オリエントからヘレニズム諸都市へと発展を遂げた] 取引法 [と証書技術] の伝統を引き継ぎ、これを改造。 

  [「ギリシャやヘレニズムの諸都市においては、証書技術は、公示の利益を守るために、ローマ人には知られていなかったふたつの制度、すなわち裁判所書記と公証人とによって運用されていた。ところで、この公証人の制度は、帝国の東の部分から西方に受け継がれた。しかし、西洋において、ローマ末期の証書実務を引き継いでそれを継続的に発展させたのは、ようやく七世紀に入って以来の、ローマ後の時代の証書制度であったが、これはおそらくオリエントの商人、とりわけシリア商人が大量に流入したことによって促進された現象である。その後はもちろん、権利の担い手としての証書は、指図証券としても無記名証券としても、異常に急速な発展を遂げている。しかも、驚くべきことには、この発展はまさに、古典古代と比較すれば取引密度が極度に制限されていたと考えなければならない時代に起こっている。それゆえ、ここでは、法技術が、他のばあいにもしばしば見られるように、法技術独自の道を歩んできているように思われる。このばあい決定的な意味をもっていたのは、いうまでもなく、おそらくつぎの事情であったろう。すなわち、いまや、統一的な法が崩壊して以後は、取引の諸中心地の利害関係人と、たんに技術的訓練をつんだだけのかれらの公証人とが、発展を規定し、古代の取引伝統の担い手としては、ただ公証人だけが残ることになり、この公証人が創造的な活動を展開した、という事情である。」(WuG: 408, 世良訳: 139-40) ]

    イタリアの公証人: ツンフトに結集、ポポロ・グラッソの重要な構成要素となり、政治的にも有力。有価証券制度のみでなく、法発展一般への影響も大。ローマ法を取引法として継受(イギリスの弁護士とは異なり、役得利害がローマ法継受を妨げることはなかった)。他方、イギリスの法律家のような国民的統一性はもたず、大学の法学教育と対抗しえない。ローマ法は、皇帝の勢力失墜後も、大学によって継承され、法および法教育の形式性を促進する世界史的要因となる。[106]

  

  ドイツや北フランスでは、法名望家が、農村的-領主的法関係の内部で、審判人または官吏として司法に携わる。かれらによって編纂された法書(代表例: ザクセンシュピーゲル)は、日常実務の具体的問題と、経験的諸概念にもとづく体系化。抽象的意味解明と法論理ではなく、直観的なメルクマールによるカズイスティクに志向。ツンフトに結集する身分をなさず、大学教育の思考と、大学で訓練された法律専門家に、長期にわたっては対抗しえず。[107]

 

3.     ローマの法律家と、ローマ法の形式的性質

古代ローマの名望家行政は、一方では訴訟指揮への官吏の介入を極小化し、他方では人民裁判 (「カーディ裁判」)をも排除して、官吏による訴訟指揮と審判人との権力分割も維持。それゆえ、一方では (訴訟にあたって事実の記載のみでなく法概念を使わなければならない) 当事者に、他方では (訴訟訓令の範型を告示しなければならない) 政務官に、予防-、顧問法律家として助言する法名望家層が存立しえ、法実務-法技術の発展を担った。[108]

 

顧問活動の担い手は、当初には神官。したがって、宗教法の影響: たとえば、宗教的義務の擬制的履行 (「追い腹」の擬制としての「埴輪」埋葬)、ここから訴訟上の擬制も、法技術として発展することになる。[109]

 

ローマ法の分析的性格も、ヌミナ崇拝に由来: いかなる行為も、権限が限定された諸ヌミナとの関連で、構成諸要素に分解され、所定の礼拝要件をみたすように構成される。俗人の名望家が、神官にとって代わり、顧問活動に生徒を同席させて法教育をおこなうようになっても、そうした分析的-形式的性格は維持される。この性格はまた、実務の対象が都市的取引における目的契約にあった、という事情によっても促進される。[110]

 

分析的性格に比して、総合的-構成的性格、合理的に体系的な性格は、帝政期にも欠如。体系性は、ようやくビザンツの官僚制によって生み出されたが、これは他方、法思考の形式的厳格性においては、共和制-元首制期に劣る。体系性に優れたガイウスの法学提要も、法名望家には属さない無名の著者による「二流の」概要書。[111]

 

顧問法律家: 優れて名望家的な社会層。ローマの有産者層にとっては、あらゆる問題にかんする「聴罪師」(相談役)。後代には、解答活動にかんする正規の認可制。共和制末期にはいくつかの学派に結集。帝政期には、顧問法律家の解答が裁判官をも拘束するまでになる。もはや当事者の弁護人ではなく、弁護士または裁判官によって準備され、もっぱら法的判断を求めて提示された事実にかんする鑑定にのみ携わり、法実務-経営にたいする距離を取得。これが、具体的なものを学問的方法によって一般的原理に還元し、抽象的な法学的概念に仕上げる最良のシャンスをなす。また、学派間の論争も、解答の根拠の追求、一般的原理への還元を促進。共和制末期には、ギリシャの哲学者学校に倣う法律家学校が設立され、その教育-出版活動をとおして、ローマ法の技術と学問的醇化が進展。

(当初には実務に仕え、具体的な訴訟範型や契約範型と結びついていた)諸概念が、理論的に洗練され、体系化されていった二根拠: ①裁判の世俗化(イスラームの事情と対照的); ②政治的事情: 帝政後期における純世俗的官僚制化: 名望家から任命制官吏への移行 体系的法学研究-教育の必要 法律家の著作-文献による授業。裁判実務においては、法律家の著作が法源とされ、解答集が、範例集の地位を占める。この状況が、パンデクテンの形式を生み出し、古典法律家の著作中の、パンデクテンに採録された部分を、後世に伝える。[112]

 

§5. 法の形式的合理化と実質的合理化、神政政治的な法と世俗的な法

1.     法形式主義の意義と、その一般的条件

    法の形式性にたいする政治的支配形態の影響: 支配の諸形式にたいする後述の分析を前提とするが、ここでも、若干の一般的考察。氏族間の贖罪手続きに発する古い人民裁判は、君主や政務官のインペリウム、または組織化された祭司権力の介入により、原初的な形式的非合理性から脱却。この影響は、支配の性格に応じて異なる。君主や教権制的支配者の支配装置が、「官吏」に媒介された合理性をそなえていればいるほど、非合理的訴訟方法を排除し、実体法を体系化。しかし、こうした合理化的影響が明確に現れるのは、当の権力自体が(ローマ教皇の教会統治のように)合理的な行政への利害関心をそなえているか、あるいは、法や訴訟の合理性に強い利害関心をもつ(ローマ、中世末期、近世の市民層のような)法利害関係者と同盟を結ぶばあい。さもないと、教権制的支配者や家産君主は、実質的合理性に傾くため、法の世俗化-形式的法思考の発展は、停滞または退行。とりわけ、神政政治の影響を受けた法形成においてしかり: 倫理的要請と法的規定との結合。しかし、法思考とゲゼルシャフト形成形式の合理化にともない、祭司の影響下に創り出された法理論の非法学的要素からは、さまざまな結果: (1) 世俗法 (ユース) が、神聖法 (ファース) から分化し、自律的に発展し、形式合理化にいたるばあい (ローマや中世)。そのさい、宗教法が、哲学的に基礎づけられた「自然法Naturrecht」という形で、競争者ないし代用物を獲得し、これが実定法と並び、理想的な要請として、あるいは法実務に強度の影響をおよぼす理論として、機能することもある。他方、(2) 両者の混合が維持され、倫理的訓戒と法的命令とが形式的に峻別されず、曖昧に入り交じった状態が維持されることもある。このうち、発展がどちらの方向をたどるかは、①当該宗教の特質、法と国家にたいする態度決定、②政治権力にたいする祭司層の勢力関係、③当の政治権力の構造、によって規定される。アジアでは、後述の条件から、(2)の状態が存続。[113]

 

    非形式的法は、恭順Pietätに基礎を置く家産制的また教権制的支配からだけではなく、民主制の一定の形態からも、生み出される。そうした勢力の担い手 (民主制のばあいはデマゴーグ) は、形式的裁判を嫌う。形式的裁判は、一定の手続きにしたがい、当事者が申し立てる事実の枠内で相対的な真実を追求。したがってそれは、真実追求のための相対的に最善のシャンスを保障された、当事者間の平和な利害闘争となり、倫理的、政治的その他、なんらかの実質的要求は受け付けなくなる。この事態は、権威のもつ恣意的恩寵や力、あるいは仲間内の決議にたいする諸個人の依存性を弱める。[114]

 

これにたいして、権威による拘束や非合理的な大衆本能を破砕して、個人の能力を自由に展開しようとするイデオロギーの担い手、とりわけ経済的、政治的経営の担い手は、「カーディ裁判」に、恣意と主観主義的非恒常性しか認めず、むしろ形式的裁判を「自由」の保障とみなす。ところが、前三者他、実質的正義にイデオロギー的関心を寄せる勢力は、この「自由」を排斥し、実質的関心に由来する「感情」にしたがって判決する「カーディ裁判」を好む: その点では、主権的な民主制も、姦夫を殺害した夫に無罪判決をくだすフランスの陪審裁判と、製粉業者アルノルトにたいするフリートリヒⅡ世の「官房裁判」(アルノルトという名の製粉業者が、領主から土地を借りて水車場を経営していたが、別人が養魚地を掘って水を引いたため、水車が動かなくなり、アルノルトは地代を支払わなかった。領主は滞納地代の支払いを求めて訴訟を提起し、アルノルトは敗訴して、フリートリヒⅡ世に愁訴。大王は裁判所に、判決の取り消しを命じたが、裁判所は「法に反する裁判はできない」として拒否。王室裁判所に再審を命じたが、原判決支持。フリートリヒは激怒して、関係裁判官を処罰し、アルノルトに損害を賠償) と等価。他方、典型的な名望家裁判は、仲間内では形式的裁判、経済的弱者にたいしては、多額の費用がかかるため、じっさいには裁判拒否。この点は、資本主義的利害関心にとってもしばしば障害 (イギリスの資本主義は、法構造ゆえにではなく、法構造にもかかわらず発展)

市民層は一般に、伝統への拘束も恣意も等しく排除し、主観的権利をもっぱら客観的規範を源泉として成立させるような形式的な法、したがって、目的合理的に制定され、体系的に法典化された形式的法と、これにもとづく合理的な法実務に、利害関心を向ける。イギリスのピューリタン、ローマの平民、19世紀のドイツ市民層。しかし、そこにいたるまでには長い道程 [以下では、本節でその前史を、法発展が実質的合理化の方向をたどった法文化諸地域と比較しつつ素描; 次節で、西洋近世における法典編纂の実現とその条件について考察][115]

 

そうした形式的法の前提条件は、「法は、人間によって目的合理的に定立され、変更もされる」という観念であるが、神政政治的裁判はもとより、俗人名望家の判告や顧問活動によって導かれる裁判、訴訟訓令の任にあたる政務官や君主や官吏のインペリウムにもとづく裁判においても、その前提条件はみたされない。「法は、古来不変に妥当してきた規範であり、ただ、それを解釈し、個々の事例に適用しうるのみ」という観念が支配。

もっとも、すでに見たとおり、会合した氏族の長老たちは、しばしば自分たちの合意にもとづいて規範を定立。呪術的なステロ化の威力が破られさえすれば、合理的に合意された規範が出現することは可能。改変のための唯一の手段として、非合理的な啓示手段が存在すること自体、規範の可動性の証左。したがって、啓示手段の消滅は、稀ならずステロ化の強化を意味した。というのも、そうなると、[カリスマでなく] 宗教的伝統が、唯一神聖となり、祭司によって神聖法の一体系へと醇化されるからである。[116]

 

2.     法の実質的合理化、神聖法

神聖法 [宗教法] は、個々の法地域や法部門に、さまざまな程度で浸透した後、ふたたび撤退。

民事法における主たる支配領域は、婚姻法、家族法、相続法。これらへの介入の動機は、祖先崇拝や家内祭祀の正当な担い手を確保しようとする利害関心 (キリスト教では、家内祭祀は衰退したが、教会収入確保への財政的利害関心から、相続法への干渉は維持)。取引法には、聖物-呪物の取引禁止規定から、契約法には、宣誓形式の利用にかかわる形式的理由、また利子禁止規定のような実質的理由から、干渉。

世俗法との関係: 当の宗教倫理の性格いかんに応じて多様。宗教倫理が、神観の倫理化 志操倫理Gesinnungsethikへの醇化にいたらず、呪術的-儀礼的段階にあるばあいには、呪術的カズイスティクのうち、重大な世俗的利害に抵触する項目は、呪術的カズイスティクの手段そのものによって、骨抜きにされたり、抜け道が設けられたりする。古代ローマでは、民会の決議にたいする祭司の破毀権は、アテーナイとは異なり、正式には廃棄されなかったが、そうした呪術的カズイスティク自体の手段によって無害化され、世俗法にそれだけ自律的な発展の余地が開かれる。いずれも、ポリスにおける祭司権力後退の帰結。[117]

 

3.     インド法

それにたいして、祭司層が勢力を維持し、全生活領域を儀礼主義的に規制し、法全体を掌握しているばあいには、事態がまったく異なる。その典型例が、インド。法全体が、理論上、ダルマスートラ [宗教法] に包含される。なるほど、個々の職業身分 (商人、手工業者) におていは、事実上、特別法が形成され、「自発的合意がラント法を破る」という命題が妥当。しかし、そうした世俗法は、祭司の教説や哲学諸派の理論ばかりか、およそいかなる職業的研鑽の対象ともされず、したがっていかなる合理化も施されず。その妥当力も、理論上絶対の宗教法にたいしては不安定。

インドにおける法発見: 一方では宗教意識の特性、他方では神政政治的-家父長制的生活規制の性格に照応して、呪術的要素と合理的要素とが独特の融合を遂げ、法手続きの形式主義は全体として僅少。①裁判がディンクゲノッセンシャフト裁判の性格をもたなかったこと [神政政治的-家父長制的生活規制による民衆の受動性 ディンク仲間の立会権、判決非難権なし これへの対抗上、判決人が、自分の判決規準を一義的に確定し、定期的に告示するといった形式合理化への動因なし]; ②国王も、上級裁判官 [バラモン・パンディット] の判決に拘束される [家産制的君主ではあるが、中国とは異なり、皇帝教皇主義的一元支配ではなく、俗権と教権との二元構造 一定程度の権力分割 一定程度の形式合理化]; ③素人の陪席者(古くは商人と書記、後にはツンフト長)の召喚規定[都市、都市ギルド発展時代の遺制 都市市民層による権力制限 一定程度の形式合理化?; (諸団体の自律的法制定権に照応して) 私的な仲裁裁判所の意義大 [法利害関係者の要望に応えて名声を博する法名望家の出現、かれらによる仲裁裁定の規準の確定-明示、カズイスティクへの編纂、私的な法書の編纂、といった客観的に可能な発展の与件]、しかし、国王の裁判所に上訴する道も開かれていた; ⑤立証は、今日では証書と証人によって合理的になされるが、決着がつかないばあいには、神判も用いられ、これには古来の呪術的意義が維持される。執行にも、職権による執行や、合法化された自力救済と並び、(債務者の戸口で債権者が餓死するといった) 呪力の復讐に訴える威嚇-強制手段も用いられる。

刑事法の領域では、宗教法と世俗法との二元主義。両者の融合も進展し、全体としては、宗教法と世俗法とは、じっさい上、不可分の統一体をなし、これが往年のアーリア法の遺制を覆う。しかしこれも、諸団体、とりわけ追放という最強力な強制手段を用いるカーストの自律的裁判によって、ふたたび破られる。

立法にたいする仏教の影響も、国教とされた地域では大: ①夫婦の同権 (双系的相続権、財産共有制); ②彼岸における両親の平安を確保するための、両親の死後にも維持される恭順 ( 親の債務の相続人による継承); ③法の志操倫理的醇化 (奴隷保護、政治的反逆罪を除く刑罰一般の穏和化); ④品行方正の保障。ちなみに、仏教、とくに古仏教は、出家修行僧の遁世的瞑想を決定的に重視し、在俗平信徒の世俗内倫理には、涅槃にはいたらない第二義性しか与えなかったが、そのように相対化された世俗倫理でも、一方では志操に、他方では儀礼上の形式主義に徹頭徹尾志向。こうした基盤のうえでは、固有の意味における神聖「法」を、特別の教義の対象としてしつらえることは、ほとんど不可能。それでもなお、時代を下るにつれ、バラモン的要素を取り込むとともに、ヒンドゥー教的な刻印を帯びた法書文献類が発展を遂げ、1875年にはビルマで、「仏教法」(つまり仏教的に変容を遂げたインド起原の法) が、国法として公布。[118]

 

4.     中国法

中国では、インドの二元構造とは異なり、官僚制が排他的・一元的に支配。アニミズム信仰に由来する呪術的諸義務が、純然たる儀礼の領域に封じ込められる[自律的な祭司と予言者とによって担われる「救済宗教」が発展し、教権が確立して、その掣肘を被らざるをえない、という事態が、未然に防止され、原初的なままのアニミズム的・呪術的諸義務が存続]。しかし、たとえば祖先の霊への信仰にもとづく服喪の義務からも、経済の領域にかなり大きな影響。裁判の非合理性は、ここでは家産制の結果であって、インドにおけるような神政政治の結果ではない。家産官僚制は、自律的な祭司-教権者層の発展を許さなかったが、自律的な予言の出現も、同じく未然に防止。したがって、中国では、そもそも予言一般が知られず、法予言も存立していない。[家産制の「カーディ裁判」が幅をきかせて、法予言者のカリスマを引き継ぐ法名望家の自律、これとインペリウムとの権力分割もなかったので、法利害関係者や裁判官の諮問に法名望家の一類型としての] 顧問-解答法律家も、独自の法教育も、発展する余地がなかった。[解答法律家と等価の機能を担って]呪術的儀礼にかんする質問に答えたのは、「巫」と「覡」; 家、氏族、村落で、儀式や法にかんする諸問題について助言したのは、官吏と科挙試験に合格した読書人仲間。[119]

 

5.     イスラーム法 [120][123]

 

6.     ペルシア法 [124]

 

7.     ユダヤ法 [125][126]

 

8.     カノン法

キリスト教のカノン法: 他のあらゆる神聖法と比較して、相対的に合理的、形式法的に発展。当初から世俗法にたいして明確な二元主義: 古代キリスト教会が、数百年にわたり、国家や法との関係を拒否してきた結果。合理的な性格: ①世俗との関係を調整する必要を感じてからは、「自然法」というストア学派の合理的思想形象の助けを借りる; ②教会自身の行政には、ローマ法の合理的伝統が活かされる; ③中世初頭に贖罪規定を制定するにあたり、ゲルマン法のもっとも形式的な部分に依拠; ④中世の大学は、一方では神学、他方では世俗法、それぞれの教育を、カノン法の教育から分離; ⑤古代哲学、古代法学から、厳密に論理的で専門法学的方法を継承; ⑥教会の法通暁者は、解答や先例ではなく、公会議の決議、職権による解答書や教令を収集し、ばあいによっては (「偽イシドール教令集」のように) 目的意識的な文書偽造によって法源を捏造; ⑦教会職員の合理的・官僚制的な官職性格Amtscharakter。古教会の「カリスマ期」終了以来、教会組織の特徴をなし、中世初期の封建制時代に一時中断したが、グレゴリウスⅦ世による教会改革以降、復活し、以後、排他的に支配。厳格で合理的な階層組織は、利子禁止規定のような、経済上実施不可能で重荷になるばかりの制定規則を、[告解席であえて問わないという]一般的な処置により、永久に、あるいは(時の情勢を考慮して)一時的に、廃れたものとして取り扱うことを容易にした。

それにもかかわらず、神政政治的法形成に特有の性質から脱せず、実質的な倫理的目的と形式的な法的要素とが混合し、精確性の低減を招く。しかもなお、神聖法のなかでは、厳格に形式的かつ法的な技術にもっとも強く志向。イスラーム法やユダヤ法に固有の、解答法律家を通じての法発展が見られない。新約聖書は、終末論的な現世離反ゆえ、儀礼的また法的な性格をもつ、形式的に拘束力のある規範は、最小限しか含まず、純粋に合理的な法制定への道が自由に開かれていた。ムフティやラビに相当する司牧者は、ようやく後代、古プロテスタンティズムの牧師、反宗教改革の聴罪師や「霊魂の指導者」として登場。

カノン法においては、いっさいがローマ聖庁の中央諸官庁の統制に服し、拘束力をもつ倫理的・社会的諸規範は、もっぱら中央諸官庁の弾力的指令による。そのことによって、世俗法の合理化を先導。公の団体をコルポラツィオーンとして法律構成する嚆矢。民事実体法とりわけ取引法の領域では、カノン法の影響力は比較的小。むしろ、全生活を実質的に支配しようとする神聖法の原理的に無制約の要求が、ローマ帝国とローマ法との競合により、また、イタリアを含む諸都市の市民層の経済的利害関心にもとづく反抗によって、比較的無害な域に抑制された、と見るべき。刑事法の領域では、カノン法が、職権にもとづく糾問訴訟の合理的方法論を発展させ、これが世俗的な裁判に継受される。[127]

 

東方教会では、前期ビザンツ末期以来、不謬の教導職と公会議による立法とがなかったため、イスラームにおけるのと同様の事態。ただ、後期ビザンツ、ロシアその他の皇帝教皇主義的支配者も、自分たちが新しい神聖法を定立しうるという要求を掲げたことはない。カノン法は、本来の領域に限定され、経済生活への影響力をもたない。[128]

 

§6. 官権法と家産君主的法制定、法典編纂

1.     インペリウム

古いディンクゲノッセンシャフト的裁判に干渉した権威的な力の第二として、君主や政務官や官吏のインペリウム。過去においては、被護民法・家人法・レーエン法といった特別法の源泉。ここでは普通法にたいするインペリウムの影響 [129]: 君主としての軍事的関心や一般的な「秩序」への関心から、この領域を規律づける合理的な刑法の創出。しばしば祭司層の協働 (ロシア・リューリク朝の君主、たんなる仲裁裁判官であったのが、キリスト教化の直後、刑法のカズイスティクを創り出す)。人命金や贖罪金の詳細なカタログ。[130]

 

民事法の領域は、君主の罰令権が近づきにくく、介入もずっと遅れる。そのさいには、合理的な経済活動を営む市民層から出た要求 (用語形式主義、決闘のような非合理的証明手段の除去) と結びついている。[131]

 

君主のインペリウムが強化されると、普通法として妥当する新たな命令を発布: フランク帝国の部族法典付加勅令、イタリア諸都市のシニョリーアの布告、後期ローマ元首制の処分など。しかし、多くのばあい、名望家、ときとしてディンクゲノッセンシャフトの代表者の同意を必要とした。この階梯から、西洋の軍事独裁者やオリエントの家産君主の、現行法にたいする事実上完全に主権的な支配にいたるまでには、多数の移行形態。[132]

 

2.     家産君主法の「身分制的」構造と「家父長制的」構造

家産君主の法創造も、伝統に拘束されるが、ディンクゲノッセンシャフト的裁判を排除すればするほど、自由に振る舞い、それに特有の形式的な性質を法に刻印。この性質は、家産君主権力の政治的存立条件に応じて異なる: [133]

(1) 身分制的形態: 君主自身の政治権力が、正当に取得された主観的権利とみなされ、そのなかから、他の人びとに、いくばくかを、同じく主観的な権利 (特権) として割譲: 客観的法と主観的権利、規範と請求権とは融合し、法秩序は純然たる特権の一束。完全な発展を遂げた唯一例として、西洋中世の政治団体。

  (2) 家父長制的形態: まったく逆に、君主は何人にも請求権を与えず、自由裁量によって命令をくだすのみ、あるいは、官吏にたいして一般的指令を内容とする行政規則を発布。個々の法利害関係者のシャンスは、権利ではなくて、行政規則の反射効。父が子の希望を叶えてやるのと同様。家族内的紛争解決の政治団体への転用 [134]。ただし、確定した実質的諸原則を遵守するという意味で実質的には合理的でありうる。すべての裁判が行政の性格を帯び、君主自身が「官房裁判」の方法で、裁判に恣意的に介入。法的救済は、自由裁量にもとづく恩寵、個々の事例における特典。自由な職権的真実探究のため、非合理的な諸形式や証明手段は排除される。理想像は「ソロモン的」判決の「カーディ裁判」。[135]

 

アショーカ王の「福祉」行政では、志操宗教的な要請が宣布され、そのために呪術的-儀礼主義的形式からも解放されて、反形式的・実質的な性格がかえって頂点に達する。家産君主の裁判においては、通例、両要素が結合。どちらが優勢となるかは、政治的事情と力関係による。さらにディンクゲノッセンシャフトの形式的訴訟手続きが結合。西洋では (1)が優勢となったが、それは、(これまた政治的事情に由来する) ディンクゲノッセンシャフト的裁判の伝統ゆえ、国王が判決人の地位を占められなかったため。[136]

 

西洋近世には、家産制的な法の、この類型的状態を犠牲にして、家産君主の行政自体の内面的要求から、形式主義的-合理的な要素が進出し、身分的諸特権と行政の身分制的性格を除去。ここでは、形式的な法的平等と客観的-形式的な諸規範との支配の強化を求める利害関心が、特権者に対抗して勢力を握ろうとする君主の利害関心と提携し合って、身分的諸特権に反対。両者にとって、「特権」に代えて「行政規則」を置くことが有利。そのさい、「形式的な法的平等と客観的-形式的な諸規範との支配の強化を求める利害関心」の担い手とは、経済上の利害関係者群で、君主の側は、かれらが君主の財政的また政治的勢力関心に役立つがかぎりで、「ときにかれらを優遇し、自分の陣営に引き止めておこうとする」。第一に市民的利害関係者: 非合理的な行政上の恣意による影響も、具体的な特権による非合理的な攪乱の影響も受けることのない、とりわけ契約の法的拘束力を確実に保障するような、一義的で明確な法、すなわち、これらすべての性質をそなえることによって計算が可能な形で機能するような法を要求。それゆえ、君主の利害関心と市民層の利害関心との提携が、法の形式的な合理化を押し進めるもっとも重要な推進力のひとつ。

しかし、両者の直接の協働がつねに必要というわけではない。あらゆる官吏行政に見られる功利主義的合理主義utilitarischer Rationalismusは、独立の要因として、それ自体からしてすでに、市民層の経済的合理主義にたいしては好意的。また、君主の財政的利害関心は、すでに成立している資本主義的利害関係が現実に要求する域をはるかに越えて、資本主義的利害関心がまだ存在しないうちから、この後者のためにに、道を準備しようとする。とはいえ、君主や官吏の恣意に左右されない権利の保障が、官僚制の真に固有の発展傾向をなすわけではない。しかも、資本主義的利害関心そのものに、そうした権利保障への要求がつねに内在している、というのでもない。古い政治寄生的資本主義のばあいには、まったく逆。市民的資本主義の初期にも、未発達か、制限された範囲か、あるいは逆。大規模な植民独占者や商業独占者のみならず、重商主義的マニュファクチャー時代の独占的大企業者たちも、通例、君主によって与えられる特権に依拠。この特権は、当時の現行普通法、とりわけツンフト法を破り、市民的中産身分を怒らせて反抗に導く。したがって、資本家たちは、特権的な営利シャンスを獲得する代償として、君主にたいしては法的に不安定な地位に甘んずる。そういうわけで、政治寄生的・独占的資本主義や、初期重商主義時代の資本主義でさえ、諸身分に対抗し、市民的産業身分に対抗しても、家父長制的な君主権力を創出、維持することに関心をもつことがある。この傾向は、スチュアート朝に見られたし、今日広範な領域で再強化されており、将来ますます広まるであろう。

    しかし、それにもかかわらず、法生活への (とりわけ君主の) インペリウムの介入には、法の統一化と体系化への傾向、つまり「法典編纂Kodifikation」への傾向が内在。君主自身が、「秩序」を求め、かれの国家の「統一」とまとまりを求めるばかりでなく、法の統一により、全版図で官吏を無差別に利用でき、官吏自身も、出身地に縛られずに立身出世のシャンスを求めることができる。官吏は、法が「一目瞭然に見通せることÜbersichtlichkeit」を、市民層は、法発見の「安定性Sicherheit」を求める。[137]

 

3.     法典編纂を推進する他の諸力

以上のとおり、官吏層の利害関心、市民層の営利上の利害関心、君主の財政的また行政技術的利害関心、が法典編纂の通常の担い手。しかし、市民層以外の政治上の被支配者層も、法の明確な固定化に利害関心を向けることがあり、かれらの要求を受け入れる支配権力も、必ずしも君主とはかぎらない。[138]

 

体系的法典編纂が、①新しい土地に、団体が新たに、計画的に創り出されるばあい (古代植民市のレークス・ダータ、イスラエルにおける誓約仲間団体); ②社会的葛藤の後、抗争していた諸身分あるいは諸階級間の妥協の結果: 少なくとも法的安定性を回復-維持しようとして、体系的な法の記録がおこなわれる(十二銅表法)。このばあい、裁判をコントロールするのに適した、一義的に明確で、誰にも利用できる規範の欠如のため、貴族、貴族に支配された名望家、祭司らの裁判にもっとも苦しめられてきた農民層と市民層が、新制定を含む、法の記録を要求し、予言者ないし予言者類似の受託者 (アイシュムネーテン) が、啓示または神託によるレークス・ダータを指令 (授与)。確保されなければならない利益も、法的解決の可能なあり方も、討論や煽動によって明らかにされ、予言者やアイシュムネーテンの決定に向かって熟しているのが通例。授与されるのも、体系的な法よりもむしろ、争点となっている問題を一義的に解決できる、形式的で明確な法。神託やヴァイストゥームや顧問法律家の解答にも見られる、警句的-法格言的な簡潔さをそなえる(十誡、契約の書、十二銅表法)。宗教的命令-禁令と市民的命令-禁令とを同時に含む。十二銅表法にも、父を殴打した子にたいして、被護民への誠実を守らなかった保護主にたいして、アナテマの制裁(家の規律やピエテートが崩壊している証左)。アイシュムネーテンの法制定は、包括的-体系的な法典編纂ではない。後者は、(「見通しのきく」ような体系それ自体への関心をそなえた)君主の官吏たちの仕事。[139]

 

それ以外には、法書やその他の法集成。

他方、①あらゆる政治的新形成politische Neuschöpfungには、通例、法典編纂がともなう (チンギス・ハーンによるモンゴル帝国の建設、ナポレオン帝国の建設)。西洋では、ローマ領に新たに建設されたゲルマン人諸国家の部族法典。種族の混じり合った政治形象の平和維持には、現実に妥当する法を確定する作業が無条件に必要。従来の諸関係の戦争による転覆が、この作業の形式的徹底を容易にしている。

ローマ末期の法集成、ユースティーニアーヌスの法典編纂: 官職装置が精確に機能するように国内の法的安定性を確立することと君主の威信感情から。中世の、純ローマ法的法典編纂も同様。私人の経済的利害関心は作用せず。

最古のハンムラビ法典のばあいには、有力な財貨取引利害関係者が存在し、国王が、自分の政治的-財政的利害関心から財貨取引の法的安定性を支持。古代都市に典型的な (債権者都市貴族対債務奴隷農民との) 階級的また身分的対立。新しい法を定立するよりも、既存の法を法典化。家族とりわけ子の恭順義務を規律。家父長制の重要な関心事。経済的また宗教的な関心も現れてはいるが、国内における法の統一そのものにたいする政治的関心が優越。

その他、君主による法典編纂には、「自発的合意がラント法を破る」という命題を打破しようとする動機。近世にも、官僚制国家の成立にともなう法典編纂に顕著。中央および西ヨーロッパでは、そのときすでにローマ法とカノン法が普遍法として通用。法典編纂の前提となる。[140]

 

4.     ローマ法の継受と近代的法論理の発展

いかなる法典編纂も、ローマ法継受の意義には比肩できない。ユースティーニアーヌスの法典に見える君主の主権的な地位が誘因となって、皇帝フリートリヒⅠ世 (1152-90) が、ローマ皇帝の後継者を自任し、ローマ法はドイツ帝国の「古き良き法」であると称して、「理論的継受」の基を開く。そのさい、継受の背後にいかなる経済的利害関心がはたらいたか、大学教育を受けた裁判官 (ロマニスムスと家産君主的な訴訟との担い手) の台頭は、誰のイニシアティヴによるのか、については論争がある。いずれにせよ、法運営上のザッハリヒな必要性 (錯雑した事態を加工して法的に一義的に整理する専門的能力と、そのようにして訴訟手続きを合理化する必要) が、専門法律家の進出をもたらし、そのかぎり、私的な法利害関係者 (市民、貴族) の利害関心とも一致。ローマ法の実体的な諸規定の継受には、市民的法利害関係者は関心を示さない (中世の商法上の諸制度、都市的土地法のほうが、はるかに適合的)(ツンフトに組織された国民的法曹身分の抵抗に遭遇した) イギリスを除き、ローマ法が勝利したのは、その一般的な形式的諸性質ゆえ。西洋の家産君主の裁判が、他の地域とちがって、真正家父長制の福祉政策や実質的な正義の道に合流しなかったのも、そのため。法律家が形式主義的な訓練を受け、かれらの官吏としての資格も、この訓練にもとづいていた。西洋の裁判には、法的に形式的な性格が高度に維持され、他の多くの家産制的法行政にはない特色をなす。近世初頭の君主による法典編纂はすべて、大学でローマ法とローマ法的訓練を受けた法律家たちの合理主義の産物。[141]

 

ローマ法の継受から、新しい法名望家が誕生。文献的な法教育を受け、大学のドクトル資格免状を取得した法学者。本来のローマ法も、帝政時代にはすでに文献的な経営の対象となり始めている。古代哲学の影響も受け、純論理的な要素の意義が増大。「法人にたいして負担されている債務は、個々の構成員にたいして負担されている債務ではない」というような純論理的命題。ただし、これらは具体的な判決理由にad hocに付加された臨機の思いつきにとどまる。ところが、継受の時代には、状況が変わる。ローマ市民法の帝国法への発展とともに始まっていた抽象化過程が、さらに促進され、臨機的な思いつきが、具体的な事例から切り離されて、究極的な法原理にまで高められ、いまやここから演繹的な推論がおこなわれるようになる。法とは、論理的な矛盾や欠缺を含まない、ひとつの自足完結的な規範「複合体」で、それを適用しさえすればよい、という観念 [普通法学の要請] が、もっぱら法思考を支配。

ただし、そうした特殊な仕方の法合理化、純論理的体系構成それ自体をめざす発展には、たんに「計算可能な」法を求める [だけでよい] 市民的利害関係者の生活上の (先例に拘束された形式的で経験的な法によっても、同等あるいはいっそうよく充足される) 諸要求は、決定的な形では関与していなかったし、そうした発展の帰結にたいしても、むしろ「生からの遊離」として非難する側にまわる。

ところが、ローマ法は、イギリス、北フランス、スカンディナヴィアを除き、ヨーロッパを (スペインからスコットランドやロシアにいたるまで) 征服。この運動の担い手は、イタリアでは主として (大学教育を受けた) 公証人、北では主として君主の学者裁判官。いかなるヨーロッパ法も、イギリス法も含め、この運動から自由ではない。しかし、ローマ法の本来の故郷はイタリア、とりわけジェノヴァその他の学者裁判所。その判決集が、16世紀にドイツで印刷され、ドイツの帝室裁判所とラント裁判所が、その影響下に入る。[142]

 

5.     家産制的法典編纂の類型

アカデミックな法名望家を担い手とする普通法の形式的性格は、世界中で西洋にのみ発展したが、これを意識的に無視しようとする動向は、完全に発展を遂げた「啓蒙専制主義aufgeklärte Despotismus」の時期、18世紀以降に始動。決定的な役割は、専断的に発展をとげ、素朴な独善性を身につけた官僚制の一般的合理主義。核心においては家父長制的な政治権力が、「福祉国家」理念のもとに、法利害関係者の具体的な要求も、訓練された法思考の形式主義も、容赦なく侵害。官吏のみでなく、臣民も、自分たちの法的地位について、他人の助けを借りずに知ることができるように、法は、専門法学的な性質を剥奪され、臣民にも網羅的に教え込めるように、形成されなければならない。ところで、法学的な「些事拘泥」や形式主義を清算し、実質的な正義を追求する君主的家父長制に固有のそうした傾向も、(たとえばユースティーニアーヌスの法典編纂においては) 「素人」を法の学習者-理解者として前提することはできず、法学の専門教育を根絶はできない、という限界に突き当たるが、(近代的「福祉国家」の古典的記念碑である) プロイセン『一般ラント法典』においては、家父長制がいっそう幅を利かせ、立法者自身が大衆に直接教示し、専門法律学から解放されようとしている。しかし、この目標は達成不可能。なるほど、用語のドイツ語化がはかられ、個々の点ではローマ法から離脱したとしても、全面的解放は達成されるべくもなかった。その結果は、完全に精密な形式的な規範も、可塑的な法制度も、つくりだせない中途半端な状態。そういう法を学問研究の対象とすることには、誰も魅力を感じず。[143]

 

学問的活動はいきおい、古ローマの形式的な法、古ゲルマンの可塑的な法を、それぞれ純化して取り出す課題に向かい、法史学の未曾有の発展をもたらす。しかし、帝国再建にともなう民法統一の課題には、分裂状態で準備を欠くことになった。[144]

 

オーストリアとロシアの法典編纂も、プロイセンと同一の類型に属する。[145]

 

§7. 革命によってつくられた法の形式的な諸性質、自然法とその類型

1.     フランス民法典の特質

革命前「啓蒙専制主義」の法典編纂と、革命の子「フランス民法典」(と、西-、南ヨーロッパにおけるその模倣物)とを比較してみると、顕著な形式的相違。後者には、たんに倫理的な教訓的訓戒も、いかなるカズイスティクもない。その諸規定は、警句的・造形的な作用をともない、昔の法格言と同様、民衆の日常語法に稀ならず取り入れられる。アングロ・サクソン法(法実務の産物)、普通ローマ法(理論的・文献的法学教育の産物)と並んで、フランス民法典(合理的立法の産物)が第三の世界法となったのは、この形式的諸性質ゆえ。造形性は、クチュムcoutumesの法を基礎として成立。そのために、法学的に形式的な性質と、実質的考量の徹底性は、少なからず犠牲にされる。

こうした特質は、ここで初めて、ベンサムの理想どおりに、あらゆる歴史的「偏見」から自由な法典が、純粋に合理的に創られる、その内容は、純化された健全な人間悟性と、(その力を「正当性」ではなく、ナポレオンという天才に負う) 偉大な国民の国家理性に由来する、という主権者意識souveränes Bewusstseinの表現。アメリカやフランスにおける「人権」、「市民権」の定式化と同じく、法命題の内容についての一定の公理が、醒めた法規則ではなく、要請の宣言という形を採り、法は、それらの要請に反しないばあいにのみ、真に正当的である、と主張されている。こうした仕方による抽象的法命題の形成について、ここで簡潔に論ずる。[146]

 

2.     実定法の規範的規準としての自然法

「法の正義Recht des Rechtes」という観念が、社会学的に問題となるのは、その解決いかんに応じて、法創造者・法実務家・法利害関係者の行動に、なにかじっさい上の帰結が生じてくるかぎりで。一定の法格率Rechtsmaximeが特別の正当性をそなえているという信念 (すなわち、一定の法原理が、指令される実定法の内容いかんにかかわりなく、直接的な拘束力をそなえている、という信念) が、じっさいの法生活に、感知可能な影響を与えるばあい。このような事態は、歴史上じっさいに繰り返され、近世初頭や革命期に、部分的にはアメリカに今日なお、見られる。そうした格率の内容は、「自然法Naturrecht」と呼ばれる。[147]

 

 自然法は、ストア学派の産物。これをキリスト教が、その宗教倫理と現世の規範とを架橋するために継受。罪と暴力との現世の内部で、神の意思にしたがって正当とされる「万人のための法Recht für Alle」で、神の帰依者 (宗教的に選ばれた者) に直接啓示される「神の命令」とは区別される。しかしここでは、別の側面を考察。

自然法は、あらゆる実定法から独立し、実定法に優越して妥当する諸規範の総体: 自然法的諸規範は、人為的な法制定からその権威を授けられるのではなくて、逆に、人為的な法制定の拘束力が、自然法によって初めて正当化される。言い換えれば、自然法的諸規範は、正当な立法者によって生み出されたからではなく、それ自身の内在的な性質によって正当であるような規範。そしてそれは、宗教的な啓示や、伝統とその担い手との権威的な神聖性やが、はたらかなくなったばあいにも、なお残る、法の正当性の特殊なただひとつ首尾一貫した形式。したがって、革命によってつくられた秩序に特有の正当性形式。「自然法」援用は、既成秩序に反抗する階級が、実定的な宗教的規範や啓示に依拠するのでないかぎり、自分たちの法創造の要求に正当性を与えるため、繰り返し用いてきた形式。

とはいえ、自然法が、歴史的に「有機的」に生成してきたものを、人為的な抽象的規則に対置して、正当化することもある(「慣習法」の優越を主張する歴史法学派)[148]

 

近世の合理主義的自然法は、そうした非合理主義に対立。源流は、①いたるところに「自然」によって意欲された規準を見ようとしたルネッサンスの自然概念; ②「生得の国民的権利」というイギリスの思想 (マグナ・カルタで承認された封建貴族の身分的自由をすべての国民に拡張); ③再洗礼派の一時的ながら強い影響のもとに、178世紀の合理主義的啓蒙において、「人間すべての権利」に移行。[149]

 

3.     自然法の諸類型、自然法と自由権

ここでは、経済ととくに関係の深い諸類型: ①自然法的に見て何が「正当」かを判断する形式的formal規準: 自由意思にもとづく合理的な合意-契約。原理的基礎: 目的契約によって正当に取得された諸権利の体系、したがって、所有権が完全に発展を遂げてつくりだされる経済的諒解ゲマインシャフト。すべての人との自由な契約 (原始契約)、あるいは個々の他人との自由な契約によって正当に取得した所有権と、この所有権にたいする自由な処分、換言すれば、原理的に自由な競争が、この自然法の自明な構成要素。なるほど、契約の自由も、当の契約やゲマインシャフト行為が、それらを正当化している自然法自体に反することはできず、人間の自由権を侵すことはできない、というかぎりで、形式的な制限に服する。たとえば、奴隷身分に入る契約を結ぶことはできない。しかし、それ以外では、いかなる制定法も、財産や労働力にたいする個々人の自由な処分を制限することはできない。たとえば、法律による「労働者保護」、「自由な」労働契約の一定内容の禁止は、契約の自由にたいする干渉で、認められない。合衆国の最高裁判所判例は、つい最近まで、そうした労働立法は、純形式的に見て、憲法の自然法的前文に照らして無効、との見解に固執。

他方、②自然法的な正当性判断の実質的material規準:「自然」と「理性Vernunft」。両者また両者から導かれる諸規則 (事象の普遍的な規則と普遍的に妥当する規範) は、相互に一致するとみなされる。人間理性による認識は、「事物の自然」(「事物の論理」) と同一。妥当すべきものは、いたるところに平均的に存在しているものと同一。法的ないし倫理的な諸概念の論理的加工によってえられる諸「規範」は、「自然法則」と同じ意味で、普遍的な拘束力をもつ諸規則であり、「神自身ですら変更できず」(グロティウス)、法秩序も反抗できない、と考えられる。[150]

 

4.     形式的・合理的な自然法の、実質的・合理的な自然法への転化

ところが、①形式的な自然法は、契約の自由からは導出できない、権利の取得原因、とりわけ相続による権利取得に直面して、形式主義を緩和し、「実質的」考慮に傾かざるをえなかった。イギリスの「リーズナブル」という概念には、「じっさい上有益な」というニュアンスがある。そこから、じっさい上不合理な帰結に導くような法は、自然と理性によって意欲されたはずがないという結論。合衆国の最高裁も、たとえば社会立法の一部を承認。[151]

 

そのように既得権の正当性が、取得方法の形式法学的メルクマールではなく、実質経済的なメルクマールに結びつくようになると、形式的な自然法は、原理上、実質的な自然法に転化。[152]

 

とくに社会主義の理論は、「自己労働を通じての取得だけが正当」という実質的規準を掲げ、相続権や「保障された独占による無償の取得」のみならず、契約自由の形式的原理そのものの正当性も否定。財貨のあらゆる専有は、どこまで取得原因としての労働にもとづいているかに照らして、実質的に再吟味されなければならない、と主張。[153]

 

5.     自然法的諸公理の階級関係性

契約自由の形式的自然法も、自己労働の収益のみ正当という実質的自然法も、階級関係性を強く帯びている。後者にたいしては、土地は労働によって生産されたものではないから、土地には専有不能性という特性があるとして、土地所有者層の閉鎖化に抗議する小農民の自然法: プロレタリア化した農民の階級状況に照応。このスローガンは、①農業収益を現実に決定するものが、まだ主として土地の自然的性質であり、さらに ②黒土地帯におけるように、農業における大経営が欠如し、領主のレンテが、純粋な小作レンテか、少なくとも農民の農具や技術によって生み出されているばあい、人の心を動かす強い力をもつ。ところが、そうした小農民的自然法を、積極的に言いなおすと、多義的で曖昧になる: ⓐ自分の労働力を完全に利用し尽くせるだけの土地分け前を要求する権利 (労働権); ⓑ伝統的に不可欠な需要を充足できるだけの土地所有を求める権利 (最低生活権); ⓒ両者を結合して「全労働収益を要求する権利」。1905-6年のロシア革命は、世界で起きうる最後の自然法的農業革命であったが、ⓐとⓑとの対立に加えて、両者と、(歴史的・現実政治的・経済的・またマルクス主義的・進化論的に動機づけられた) 農民諸綱領との対立から、失敗に帰した。

工業プロレタリアートのばあい、ⓐとⓑとは、労働者の生存条件が手工業的でも資本主義的でも理論的に成り立つが、ⓒは、資本主義のもとでは成り立たない。収益が、市場における自由競争のもとで、生産物の換価によって決定されるというばあい、個々人の「労働収益」というようなものはもはや存在せず、ⓒの権利内容は、共通の階級状況にある者たちの集団的権利要求として初めて意味をもちうる。ところが、そうなると、当の権利はじっさい上、「生活賃金living wage」請求権、すなわち、「通例の欲望によって規定される最低生活費を請求する権利」の一変種、中世の教会倫理における「正当価格iustum pretium」に似たもの、となる。中世の正当価格は、疑問のあるばあい、当の手工業者が、当の価格で、分相応の生計を立てられるかどうかを調査して、決定された。[154]

 

ところで、中世の正当価格とは、カノン法的経済理論のもっとも重要な自然法的要素: 元来は「生計原理」にもとづいた労働価値価格が、市場ゲマインシャフトの発展につれ、「自然な」価格としての競争価格によって次第に駆逐される。すでにフィレンツェのアントニヌスにおいて、競争価格が決定的に優位。ピューリタンにあっては、完全に支配。独占その他の恣意的・人為的干渉によって妨げられない、市場競争にもとづいて決まる価格が、いまや「自然な価格」。ピューリタニズムの影響により、アングロ・サクソン世界では、自然法的権威を帯び、「自由競争」の支柱をなす。[155]

 

6.     法創造と法発見にたいする自然法の影響

自然法のドグマは、その成立諸条件が消滅してからも、長く生き残り、法発展の独立要因をなし、法創造にも法発見にも顕著に影響。形式的には、論理的に抽象的な法への傾向、法思考における論理の力を強化。実質的にも、影響は顕著。革命期の法典編纂のみならず、革命前の合理主義的近代国家や官吏層による法典編纂にも、自然法的ドグマは影響を与え、法の正当性がその「理性性Vernünftigkeit」から導き出される。しかし、まさにその「理性」概念の助けを借りて、形式的なものから実質的なものへの転化が、達成される。とくに革命前の家父長制的政治権力において。これにたいして、市民的諸階級の影響下における革命期の法典編纂は、逆に、政治的支配権力にたいする個人と、個人の権利領域との形式的な自然法的保障を強調、強化。

その後、社会主義の成長は、さしあたりは、大衆と (それ以上に) 知識人層の頭のなかで、実質的な自然法ドグマの支配力を強化。しかし、裁判にたいする直接の影響力を取得するまえに、知識人層には、実証主義的・相対主義的な懐疑論が蔓延。その反形而上学的急進主義の影響下で、大衆の終末論的期待は、理論的要請にではなく予言に拠り所を求める。その結果、自然法論は、革命的法理論の分野では、マルクス主義の進化論的ドグマによって破砕され、公認の学問の分野では、あるいはコントの発展図式により、あるいは歴史主義の「有機的」発展理論によって根絶された。「現実政治Realpolitik」の要素が混入してきたこと、とりわけ公法の理論が、近代的な権力政治の圧力を受けて、この要素を取り入れたことも、同じ方向に作用。[156]

 

7.     自然法的公理論の解体、法実証主義と法曹身分

公法の理論家たちは、攻撃しようとする法学的構成を、そこから生まれてくるじっさい上ないし政策上不合理なabsurd [unreasonable] 帰結を示して、当の構成を片づけ(たつもりにな)る、という手法を採用。この方法は、形式的な自然法の方法と真っ向から対立するが、他方、実質的な自然法も含んでいない。

ちなみに、大陸の法律学は、実定法の論理的「完結性Geschlossenheit」という、ごく最近まで攻撃されなかった公理を使ってきた。これは、コモン・ローの先例主義と非合理性にたいする抗議として、ベンサムによりはじめて明示的に主張される。この公理が、すべての超実定法、とりわけ自然法を拒否するあらゆる思想潮流によって、したがって歴史学派によっても、支持されていた。[この二論点は、自然法に対立する諸勢力の布置連関にかんする前項の議論の延長として、前項に繰り上げたほうがよい。]

自然法的な公理論の信用失墜は、形式的な公理と実質的な公理との葛藤、さまざまな発展理論の作用によるだけではない。ひとつには法学的な合理主義そのものと、いまひとつには近代的な知性主義一般の懐疑的精神とにより、あらゆる超法律的な諸公理一般が、崩壊し相対化を遂げた結果。積極的・宗教的な啓示にたいする信仰や、太古からの伝統の神聖性にたいする信仰は、力強く、法の基礎を支えられるが、抽象によって獲得された規範は、それにしては、あまりにも繊細にすぎる。その結果、法実証主義が、さしあたりは不断に進出。今日では、法規則の大多数が、利害の妥協の所産であり、その技術的手段にすぎない、と暴露されている。

法の超法律的基礎づけの消滅: 具体的な法秩序の個々の命題には権威を認めないが、そのときどきに正当的なものとして現れてくる権威にたいしては、それが功利的観点から評価されるにすぎないとしても、事実上服従する、というスタンスを、全体として極度に促進したイデオロギー的発展に属する一現象。法実務家に顕著。「社会」理想の名で「下」から出される実質的要請にも、家父長制的な権力・福祉関心の名で「上」から出される実質的要請にも、ともに冷淡に対処。とはいえ、法実務家が無条件に「保守」的とはかぎらない。弁護士は、社会的に評価の安定しない私人であるため、非特権者、とりわけ形式的な法的平等を代弁する役割を演じやすい。ポポロ運動から市民革命、社会主義諸政党で顕著な役割。今日でも、純民主制的な政治団体 (仏伊米) では、法的可能性の専門技術者として、名望家として、また依頼人の腹心として、政治的な経歴を追求。裁判官も、稀ならず家父長制的勢力にたいする強力な反対派を形成。裁判官には、権利・義務の形式的確定が、自己目的的価値で、それゆえ家産制的恣意と恩寵に敵対する政治闘争に荷担。ただしそのさい、力点が、「秩序」そのもの (「行政規則」) と、「秩序」が個々人に保障する「自由」(「主観的権利」) との、どちらに置かれるかにしたがって、権威主義か反権威主義か、どちらかに荷担先が分かれる。それだけでなく、形式的理想と実質的理想との二律背反と、「上」からも「下」からも実質的要請を強める経済状況の展開につれ、法律家の反対派的スタンスは弱まる [権威的政治権力がどのように裁判官内部からの抵抗を無害化したか、については後述]。そのように、法律家身分のスタンスを変化させた一般的なイデオロギー要因は多々あるが、そのなかでも、自然法にたいする信奉の消滅の意義は大。今日の法曹身分は、(社会的諸勢力との間におよそなんらかの類型的関係が認められるかぎり)英仏の革命時代や、一般に啓蒙時代、さらには家産君主的「(啓蒙) 専制」政治下、当時の議会やゲマインデ団体、時代を下っては1860年代の「クライス裁判官議会」などの同僚と比較して、ずっと「秩序」(すなわち、じっさいには、その時々に支配している「正当的」な権威的政治権力) の側に荷担している。[157]

 

§8. 近代法の形式的諸性質

1.     近代法における法分裂

司法の特殊近代的・西洋的なありようは、合理的で体系的な法創造を基礎として成立したものであるが、そうした近代的司法の基本的な形式的formell特性がいまや、まさに最近の発展の結果、一義的ではなくなっている。[158]

 

「主観的」権利と「客観的」法との混淆を生み出した古い諸原理 (①法=権利は、ある人的団体成員に独占された「有効な」資格; ②法の部族的stammesmässigまたは身分的な即人性; ③ゲノッセンシャフト (仲間ゲマインシャフト)的なアイヌンクによって簒奪された、あるいは特権授与によって合法化された法分立) は消滅。それとともに、身分制的な特別団体の訴訟手続きや裁判籍も、消滅。しかし、法の分裂と即人性、特別裁判権が、それとともに完全に除去されたわけではない。最近の法発展にともない、法の分裂はますます増大。ただ、各妥当領域の画定原理は、特徴的に変化。

  典型例として商法: ドイツ商法典で、この特別法に服する行為は、特定種類の契約=商行為 (利益を獲得するためにそれを再譲渡するという意図をもって財貨を取得する [G-W-G’] 契約)。この定義は、形式的なメルクマールではなく、行為の思念された目的合理的意味に準拠。そうした商行為を「業としてgewerbsmässig」営む人びとが商人。実質的に見れば、「経営Betrieb」の概念に準拠 (ただし、商人でない人びとによって臨機的に営まれる商行為も、この特別法の適用を受ける)。妥当領域のこうした画定にとって決定的なのは、一方では個々の行為のザッハリヒな性質 (とりわけ目的合理的な「意味」)、他方では、「経営」という合理的な目的団体へのザッハリヒな (目的合理的に見て有意味な) 所属。これは、過去において、通常、アイヌンクまたは特権によって身分が法的に構成され、この身分への所属関係によって妥当領域が区画されたのとは異なる。商法は、階級法ではあるが、身分法ではない。

  しかし、この相違は相対的: 過去においても、商業その他の純経済的「職業」にかんする法の妥当範囲は、ザッハリヒに画定。なるほど、新しいドイツ商法典には、商業登記簿に登記されている者はすべて商人との規定があり、人的適用範囲が純形式的なメルクマールによって画定されるが、それ以外では、業務運営の「意味」に即したザッハリヒな画定がなされる。近代法においても、そうした特別法に照応して、多数の特別裁判所や特別訴訟手続きが存立。[159]

 

  こうした法分裂が生ずる理由: ①職業分化が進展し、経営的な財貨取引や工業生産に携わる経済的利害関係者が、自分たちの法律問題にかんして、事情に通じた専門家による解決を期待し、この期待がますます考慮されざるをえなくなってきたこと; 通常の法手続きの煩瑣な形式は避け、具体的なケースに即した迅速な裁判を求める願望がいっそう強まってきたこと。この趨勢は、じっさい上、実質的な利害関心から、法形式主義が弱められていくことを意味する。とすると、それは、いっそう広範囲に見られる類似の近代的諸現象のひとつ。[160]

 

  法と訴訟の一般的発展にかんする理論的 (理念型的)「発展階梯」図式: ①法予言者のカリスマ的法啓示; ②法名望家の経験的な(予防法学と先例とによる) 法創造と法発見; ③世俗的インぺリウムや神政政治的権力による法の指令 (授与); ④法学教育を受けた専門法律家の体系的な法制定と、文献的で形式的・論理的な訓練にもとづく専門的裁判。

法の形式的諸性質: 原始的訴訟の、呪術に由来する形式主義と、啓示に由来する非合理性との結合形態から; 神政政治や家産制に由来する実質的で非形式的な目的合理性を経て; ますます専門化する法学的・論理的な合理性と体系化に到達。こうした法合理化の態様と程度を規定した諸要因: ①政治的諸事情: 氏族、ディンクゲノッセンシャフト、身分制の力にたいして、インペリウムが獲得した力の強度; ②神政政治的権力の世俗的権力にたいする関係; ③法形成にたいして決定力を握る法名望家の、政治状況によって規定された構造上の相違。

  西洋にのみ出揃った諸要因: ①ディンクゲノッセンシャフト的裁判の完全な発展; ②家産制の身分制的ステロ化; ③合理的な経済発展の担い手が、当初には身分制的な諸権力を倒すために君主と同盟、そのうえで、君主権力に革命的に対立、したがって; ④自然法; ⑤法の即人性と「自発的合意がラント法を破る」原則との完全な除去; ⑥ローマ法とその継受 (これらのほとんどすべてが、西洋にのみ固有の、具体的な政治的原因による。その結果); ⑦法学の専門教育による合理化・体系化の達成。このばあい、経済的諸条件も強力に協働してはいるが、それだけが決定的だったのではない。現行西洋法に見られる近代的諸特徴の形成に、経済的諸条件がはたらいた方向は、全体として以下のとおり。

 

2.     近代的法発展における反形式的諸傾向

財貨市場の利害関係者にとって、法の合理化と体系化とは、裁判機能の計算可能性Berechenbarkeitの増大。この計算可能性は、「取引の安全」を必要とする資本主義的な永続経営にとって、もっとも重要な前提条件のひとつ。しかし他方、近代的法発展は、法形式主義の解消を助長するような傾向を含む。

形式に拘束された証拠法が、「自由心証主義Freie Beweiswürdigung」に席を譲る。証拠法の、もともとは呪術的に制約された、原生的な形式的拘束を打破したのは、神政政治的-、また家産制的合理主義による「実質的真実の追求」であったが、今日では「取引上の利害関係」すなわち経済的諸契機が、重きをなしているから、訴訟法における自由心証主義の進出も、そうした諸契機にもとづく反形式的傾向のひとつの現れと見られよう。

しかし、ここではむしろ、実体法の領域における同種の傾向に目を向ける。法思考の論理的純化にともない、外面的に一義的なメルクマールへの固執は薄れ、(法規範自体においても、法律行為の解釈においても)論理的な意味解明が重視される。普通法学の理論では、当事者の「真の意思」を探り出して妥当させることが、意味解明に要求され、すでにそれだけからしても、法形式主義のなかに個性化的で (それだけ相対的に) 実質的な契機が持ち込まれた。そればかりか、意味解明は、いまやその域を越え、われわれに周知の宗教倫理の体系化 [「志操(心情)倫理的gesinnungsethisch」体系化] と並行関係をなして、当事者間の関係を、行為の「内面的」核心、すなわち「志操」(善意、悪意) を基礎に、構成しようとし、よってもって法的効果を非形式的要件事実に結びつけている。財貨取引の大部分はつねに、他者の行為の実質的誠実性materiale Loyalitätにたいする即人的信頼を基礎として成り立つ。したがって、財貨取引の増大とともに、法実務においては、事柄の性質上、言語による形式的規定は不完全にしかできない、そうした行為の保障を求める要求が、ますます強まってくる。だから、法実務を通じての志操倫理的合理化は、じつは有力な利害関心に奉仕していることになる。

財貨取引の分野以外でも、法の合理化は、外面的経過に即した認定に代えて、むしろ志操を、本来的に重要な要素として前面に押し出している。刑法においては、復讐 (その要求に答えるには外面的結果が前面に出る) に代えて、倫理的であれ功利的であれ、合理的な「刑罰目的 Strafzweck」が強調され、これまた、法実務にますます非形式的な契機を持ち込んでいる。

しかも、帰結はそれだけではない。志操への顧慮は、私法の領域でも、事柄の性質上、裁判官による志操の評価を含まざるをえない。いまや、当事者が何を欲することを「許される」かの決定に、「信義誠実」や、取引における「善良な」醇風美俗――つまりは倫理的なカテゴリー――が重視される。とはいえ、「善良な」取引慣習が考慮されるといっても、それは事柄の性質上[裁判官のまったく主観的な評価ではなく]、利害関係者たちに共有されている平均的な見方――基本的には事実としての性質をもつ、一般的でザッハリヒな取引上のメルクマール――を、利害関係者たちが、当然の権能をもって平均的に期待したものとして、まさにそれゆえ裁判によっても容認されなければならない規範的規準として承認する、という域を出ない。[161]

 

ところが、すでに見たとおり、純粋に専門法学的な論理は、私的な法利害関係者の期待を裏切り、「生からの遊離」との非難を招く結果に、繰り返し陥らざるをえない。この対立は大部分、一方では、どんな形式的法思考も、論理的な固有法則性をそなえており、他方、利害関係者たちの合意や法律行為は、経済的な効果をめざし、経済的な期待に志向しているという不一致から、避けがたく生ずる結果である。

ここからは今日、専門法学的思考にたいする利害関係者の抗議が [法曹外から] 繰り返し提起されているが、これは、その域を越え、[法曹内部の] 法律家の自己意識にも、反響を見出している。イギリスの法曹法にたいする讃美や、利害関係者の平均的な期待に即した「紛争解決」を(克服された旧「自然法Naturrecht」に代わる)「自然的な法natürliches Recht」として主張する試みなど。その種の「平均的期待」に準拠した取引倫理Geschäftssittlichkeit」は、じつは共和制末期と、とりわけ帝政期の古ローマ法においても、構想され、小規模には展開されていた。[ヴェーバーの判断では]法律家が、法学的思考に内在する形式的性格を完全に放棄するのでないかぎり、利害関係者の期待に完全に一致することはできないし、かつて一致したためしもない。

しかしいまや、近代的階級問題の成長にともない、一方では一部の法利害関係者 (とりわけ労働者) の側から、他方では法イデオローグの側から、それとは別種の実質的要求、すなわち、たんなる取引倫理的規準のそうした排他的支配に反対し、熱情を籠めたpathetisch倫理的要請 (「正義」「人間の尊厳」) にもとづく社会法soziales Recht を要求するような、そうした実質的要求が提起されている。この要求は、法の形式主義を根本から問題とする。というのも、「人の窮迫に乗ずること」(暴利取締法) といった概念を利用することや、ある契約を、対価が釣り合わないという理由で、善良の風俗に反すると見なし、無効として取り扱おうとする試みは、法的に見れば、基本的に反形式的な規範、換言すれば、法的、慣習律的、伝統的な性格をもたず、純粋に倫理的な性格をそなえた規範、つまりは形式的な合法性の代わりに実質的な正義を求めるような規範、を基礎としているからである。[162]

 

以上のような (民主制の社会的要求から、また、君主制的福祉官僚制からの) 反形式的影響に加えて、いまや、法実務家内部の身分的イデオロギーも一役を演じ始めている。「上から事実と費用を投げ込めば、下から判決と判決理由を吐き出す」法自動販売機Rechtsautomatの地位に甘んずることは、法律家のプライドが許さない。裁判官は「創造的」法活動 (具体的な価値考量にしたがう判決) をおこなうべきであり、おこなわざるをえない、と主張: ①スイス民法典第一条には、法律の明確な規定がないばあい、裁判官は、自分が立法者であったなら定立するであろう規則にしたがって裁判すべきであるとの(道徳の基本原則にかんするカントの定式化に一致する)規定がある (しかし、じっさいには、価値の妥協が不可避な事態に直面して、そうした普遍的・抽象的規範は、稀ならず無視され、具体的な価値評価にしたがう非形式的・非合理的な法発見に堕してもいる)。法の欠缺は不可避とする議論や、法の体系的完結性を擬制することへの抗議の域を越えて、②法発見はそもそも、一般的規範の具体的事実への「適用」ではなく、「法命題」は具体的判決からの抽象によってえられる第二次的所産にすぎず、当の具体的判決こそ、「現行」法の本来の座である、という主張。他方、③日常生活に事実上「妥当している」諸規則はきわめて豊かなのに、対審的な裁判で処理される法律事件は、量的にきわめてわずかであり、したがって、たんなる「裁判規範」としての法律は、日常生活の諸規則になにか劣るものだ、と感得して、法学の「社会学的」基礎づけを求める議論。④法は長らく、(ますます多くの法的助言を受けるようになった) 法利害関係者と、(ますます法学教育を受けるようになった) 裁判官との所産 (つまり「法曹法」) であった、という歴史的事実と、ドイツ民法典の発効以降にも、裁判実務は、既存の法を越えて、あるいは、法に反してすら、新しい法原理を樹立してきたという事実とを結合して、客観的な規範の合理的制定よりも先例のほうが重要であり、そもそも「規範」を創造することよりも、具体的で目的合理的な利害調整のほうが重要である、という結論が導き出される。⑤先例法を制定法の犠牲において重視する [こうした] 行き方にたいしては、いろいろな評価可能性はつねに具体的であるほかはないから、そうした可能性を自由に考量しうるためには、先例もまた個別事例を超えた拘束力をもつべきではない、とする主張。[163]

 

ところが、価値非合理主義のそうした諸帰結にたいしては、客観的な価値規準を再建しようとする試みが現れる。法秩序は、紛争解決と利害調整の「技術」にすぎないという印象が強まると、法律家は、そうした威信の低下に抵抗し、法が可変的で大幅に「技術」であることを認識したうえで、実定法を超えて、超実定的な法に憧れる。なるほど、古い自然法をそのまま復活するわけにはいかないが、代用物として: カトリックの教義学者の、宗教的に拘束された自然法; 法の「本質」からの演繹によって客観的な価値規準を獲得しようとする試み: ⓑ新カント主義の先験的方法: 「自由に意欲する人間の社会」の秩序として、「正法das richtige Recht」を考え、これが、合理的法創造の立法の規準であり、法律が裁判官に非形式的なメルクマールを指示しているかに見えるばあいの、法発見の源泉である、と主張; いまひとつは、ⓒコントにならった方法: 法利害関係者が、他人の義務にかんする平均的な期待にしたがって、通常正当な根拠をもって抱いているはずのいろいろの「期待」を調査して、それらの期待を、法律にさえ優先する究極的な裁判規範と考える。これらⓐ~ⓒは、いまのところひとつの約束にとどまり、実現されてはいない。それらは、異なった結論に到達する、独仏を主とする国際的諸潮流で、基本的に一致するのは、法の概念的「無欠缺性」を不当前提として拒否することのみ。その他の点では、相互に対立。その根本動機は、[まずは] 体系的な法典編纂の増大を脅威と感じたアカデミックな法律家の反応: 自分たちの法学が、民法典以降のフランス法学や、一般ラント法典以後のプロイセン法学と同じ運命をたどるのではないか、とおそれる。そのかぎり、知識層内部における歴史的な利害状況の所産。しかし他方、非合理主義的な変種も含め、あるいはまさに非合理主義的な変種こそ、法思考が、反転に反転を重ねる学問的合理化と、たえずおのれの前提を問い返す省察の末に、行き着いた帰結 Konsequenzen der sich selbst überschlagenden wissenschaftlichen Rationalisierung und voraussetzungslosen Selbstbesinnung des Rechtsdenkens[知性主義に特有の] 非合理的なものへの逃避の形式Form der Flucht in das Irrationale、法技術の合理化昂進の一結果eine Folge der zunehmenden Rationalisierung der Rechtstechnik でもあり、宗教の領域に並行現象が見出される非合理化 eine Parallererscheinung der Irrationalisierung des Religiösen にほかならない。ただしそれは、この側面を看過してはならないが、利益団体に結集してきた近代の法実務家たちの、勢力意識をたかめ、自分たちの身分的品位感情もたかめようとする努力の産物でもある。この側面は、ドイツで、たとえば、合理的な法に縛られていないイギリスの法律家が、「高貴な」地位にある者として引き合いに出される、というようなところにも、垣間見られる。[164]

 

3.     現代のアングロ・サクソン法

大陸法とアングロ・サクソン法との間に相違が生み出された根拠: 一般的な支配構造の相違とその帰結としての身分的秩序 (社会的名誉の配分の仕方) の相違。[165]

 

経済的因子が協働しているとしても、法曹身分内部の諸関係と生活諸条件によって強く規定された諸事情、それと並んでは、政治的発展の相違が、決定的に重要。しかし、そうした(諸要因の)歴史的布置連関の結果としては、近代資本主義が同様に繁栄し、経済的に本質上同一の特徴を示している事実。たんに異質な規範や法制度のもとで、というばかりでなく、形式的構造原理の点で、考えられるかぎり最大の相違を示している法秩序のもとでも、そうである。イギリス法[必要な修正を加えて、アメリカ法]は、今日なお「経験的」技術、先例の意義大、法発見の「カリスマ」的性格も残存 (判決が裁判官の個人名で呼ばれる)。法の合理性の質も程度もヨーロッパ大陸法に比して劣る。ベンサムが要求したような法典編纂はほとんど不可能。しかしこの特色が、利害関係者から見て「実用的praktisch」な性格を生み出す。素人の法思考は、一方では言葉に囚われ、他方では個別事例から個別事例への推論にたよる。この二点で、素人には、経験的な法技術のほうが馴染みやすい。そのうえ、法形式主義にも通風弁: 民事陪審 (裁判官の先例-伝統拘束性に対置され、具体的な価値考量に余地)。さらに、日常的な軽微な事件については、治安判事の「カーディ裁判」。

こうした根本的相違も、経済の全構造には影響せず。資本主義発展に有利な事情: ①裁判官を補充して法形成を手中に収めている弁護士・法名望家層が、富裕な(とりわけ資本主義的な)私的利害関係者のために活動し、物質的にも直接依存していた; ②裁判がロンドンの中央裁判所に集中し、訴訟費用が異常に高かったので、無産者には事実上の裁判拒否を意味した。いずれにせよ、資本主義発展は、それ自体としては基本的に同じ性質でありながら、法秩序の対立を均すことはなかった。逆に、カナダのように、双方が競合したところでは、アングロ・サクソン型が優勢となり、大陸型を駆逐。法の合理化を、中世大学のローマ法教育の制覇以来、ヨーロッパ大陸で特徴的になってきた仕方で促進していこうとする動因は、資本主義それ自体のなかにはない、ということになる。[166]

 

4.     素人裁判と近代法曹身分の身分的諸傾向

反対に、現代の社会発展は、形式的な法合理主義を弱めていく方向で、[以上に採り上げてきた] 政治的要因や、法曹身分に内在する要因の他、つぎのような一般的要因を生み出している: 法の形式主義を嫌う素人たちの感情や、実質的な正義を求める非特権階級の本能に応えようとする民衆的な陪審裁判で、端的に非合理的な「カーディ裁判」。これにたいして (実質的、形式的) ふたつの側面からの非難-攻撃: (専門家が、その内的気質Habitusとしてザッハリヒカイトをそなえているのにたいして)、素人の陪審員は利害関係に拘束されやすい、という非難: 今日の陪審員は「余暇のあるabkömmlich」有産名望家層から補充される。この選択はほとんど不可避であるが、政治的事情にも左右される。とりわけ労働者層からは、階級裁判を助長するという非難。逆に労働者層から補充すれば、有産階級から逆の非難。階級ばかりか、性別による差等も問題; 他方(形式性の観点からは)、②素人の評決は、理由もつけず、取り消しの可能性もなく、非合理的な神託と同じような仕方でくだされるもので、形式的・法学的に難点が多いとの非難: 裁判においては、素人たちは、専門家の監督下におかれ、混合的な合議体がつくられなければならない。そうすれば、素人の影響力は、経験上、専門家のそれに劣るから、陪審制はじっさい上、専門法律家の考量にたいする一種の公開強制という意味をもつにとどまる (スイスでは、その要請を制度的にも実現して、裁判所の評議も公開されている)。専門家による裁判のほうはといえば、今日、刑事裁判の領域では、とくに重大な犯罪行為の判定において、専門精神医学者の役割が増大。

以上に採り上げてきた葛藤の要因として、知性主義を助長する技術的・経済的な発展は、明らかにきわめて間接的にのみ、協働しているにすぎない。第一次的には、そうした葛藤はたいてい、司法の形式的原理と実質的原理との調停不可能な対立の結果である。このふたつの原理は、階級状況がまったく同じばあいにも、葛藤に陥る。ちなみに、今日、消極的に特権づけられている諸階級、とりわけ労働者階級が、非形式的な裁判から、法曹イデオロギーが想定しているような利益を引き出せるかどうか、は疑わしい。今日、ドイツの裁判官身分は、官僚制化され、その指導的地位には検察内部からの補充もなされ、かれらの昇進は政治的支配権力に依存しているから、スイスやイギリスの裁判官、ましてやアメリカの (連邦) 裁判官と同列に論ずることはできない。ドイツの裁判官から、純粋にザッハリヒな法形式主義の神聖性にたいする信念を奪い、それに代えて「評価する」仕事を求めるならば、結果は明らかに、スイスなどの法地域とはまったく違ったものとなろう。この点は、ここでの追求課題ではないが、ただいくつかの歴史的誤謬だけは、是正しておかなければならない。[167]

 

現行法にたいして主観的・意識的に「創造的」な態度をとったのは、予言者のみ。主観的には、自分を規範の口 (解釈者・適用者) にすぎず、「創造者」でないと感ずることは、近代特有の現象ではなく、[そういう人は、客観的にも「創造的」な仕事をなしえなかったのかというと、じつはそうではなく、むしろ逆に] 客観的にみてもっとも「創造的」だった法実務家に、かねてより共通に抱かれていた信念にほかならない。ところが、今日では、この信念にたいして、[客観的には法律家がじっさい上新しい法を創造しているという] 別の事実を対置し、ここから法律家の主観的な振る舞いにかんする規範をつくりだそうとする動きが、[上記のとおり] 生まれている。この動きにいかなる態度をとるにせよ、いずれにせよそれは、知性主義につきまとう幻滅 (幻想打破) の産物Produkt intellektualistischer Desillusionierung である。イギリスの裁判官の旧来の地位は、官僚制化と法制定が進むにつれて、長い間には動揺を余儀なくされよう。[それはともかく、イギリスとは異なって] 法典編纂のなされた諸国の官僚制的な裁判官が、「創造者」という冠を押し付けられただけで、法予言者に変身を遂げられるかどうか、はなはだ疑わしい。いずれにせよ、社会学的・経済的・あるいは倫理的な議論が、法的な諸概念に取って代わるならば、判決理由に表現される、実務作業の法律学的な精確さは、かなり顕著に低下するであろう。要するに、そうした動きは、「専門人Fachmenschentum」と合理主義との支配にたいする特徴的な反動Ruckshlägeのひとつであり、しかももとより、究極的には合理主義が、その父である。[168]

 

そういうわけで、法の形式的諸性質の発展は、独特の対立的諸特徴を顕している。法は、営業上の取引の安定性が要求するかぎり、厳に形式主義的であり、感覚的な要件事実に縛られるが、当事者意思の論理的な意味解明と、「倫理的最小限」と解される「善良な取引慣習」とが要求するかぎり、取引上の誠実のために、非形式的となる。そればかりでなく、法は、法実務に利益紛争の平和的解決以上のものを求める諸力によって、反形式な軌道に駆られる。すなわち、①社会的階級利益とイデオロギーとによる実質的な正義の要求; ②一定の政治的 (とりわけ専制的および民主制的) 支配形態と、その形態に相応しい法の目的にかんする観念とに内在している、今日でも有力な傾向; ③自分たちに理解可能な裁判を求める「素人たち」の要求; ④法曹身分そのものの、イデオロギー的理由にもとづく勢力要求、である。

しかし、こうした諸力の影響によって、法と法実務がいかなる形をとるにせよ、技術的および経済的発展の結果、法の不可避的な運命は、どんな事情のもとでも、つぎのようである。すなわち、一方では、法の技術的内容がますます増加し、それにともなって素人の側における法の無知 (裏返せば、法の専門性) が不可避的につのり、他方では、そのときどきの現行法を、内容上の神聖性を欠き、いつでも目的合理的に変更できる技術的装置とみる評価が、ますます強まっていくという運命である。この運命は、なるほど、いったん成立した法にたいする従順性が一般的な理由からしばしば増大している事情によって覆い隠されることはあろう。しかし、法がその運命から真に逃れることはできない。簡単に論及した、学問上はしばしば価値の高い、法社会学的また法哲学的諸学説も、法の本質と裁判官の地位についてどんな内容の理論を代弁していようとも、ことごとく、この印象を強めるのに寄与するだけであろう。[169]