2020年度 年次報告 (1230)

 

  今年は、コーヴィド19禍に振り回された一年でした。

  小生は、1118日に東京都文京区春日町の「文京区民センター」で開かれた、「故湯浅欽史氏を偲ぶ会」に出席した以外は、遠出はせず、自宅で『マックス・ヴェーバー研究総括』の執筆に専念し、ほぼ例年どおりに一年を過ごすことはできました。

 

ただ、出身中学と大学社会学科との同窓会幹事に当たっていたため、コーヴィド19の感染と対策の動向については、一般報道のかぎりで注目し、4月の予定をひとまず11月に、さらには来年の4月へと、二回延期し、そのつど情勢分析と延期理由を添えた書状を全会員に送り、同意をえました。1918-20年の「スペイン風邪」の経緯から、「宿主に抗体が生じて自然終息にいたるまでに、第二派、第三派が襲来し、後期大群発のほうが深刻」と、「単純な反復」を仮定して、いちおう予測は立てたのですが、それが、大筋ではほぼ的中し、与件変更として期待していた「ワクチン開発」も「普及」にまでは至っていません。

ということは、百年前の惨禍の後、電子顕微鏡は発明され、ウィルス禍とは判明しているわけで、いまから振り返れば「なぜ、適切な対策ないし予防策が講じられてこなかったのか」とも問えるのですが、人類の現実はやはり「喉元過ぎれば暑さを忘れ」、第二次世界大戦に走って原爆を開発し、その後も「経済成長」と「原発存続」に頼り、「何のために」とは問わないまま、技術開発と競争に耽っているようです。今回、百年前と同等の惨禍、しかも同様の経過に直面して、初めて、「この文明はどこか奇怪しい」と「非を悟る」でしょうか。再度、「喉元過ぎれば暑さを忘れ」ということにならなければよいが、と思いますが。

 

さて、小生自身の生活と仕事は、コーヴィド19にはほとんど煩わされず、昨 (2019) 年夏から、『マックス・ヴェーバー研究総括』の執筆に、例年と変わりなく専念できました。ところが、当初には「8月中に脱稿、(ヴェーバー没後100年にあたる) 2020年度内に刊行」という予定で、未來社の西谷能英氏も待機していてくれたのですが、小生側の内容上・実質上の二理由で、脱稿予定の変更-刊行延期を余儀なくされました。

ひとつの理由は、こうです。百年前、ヴェーバーは、「スペイン風邪」に罹患し、肺炎を併発し、56歳の働き盛りで「志半ばにして斃れ」ました。ところで、かれ自身は当時、自分自身が犠牲になるとは、おそらくは思っていなかったでしょう。しかし、およそ「自然災害の反復とそれにたいする人類の対応という大問題を、かれの「『一般化』的『法則科学』としての『社会学』」が、まったく看過ないし無視していたとは、ちょっと考えられません。むしろ、かれが、当の問題を、理論の深部にどう取り入れ、どう取り扱っていたのか、と問い、少なくともその基本構想の輪郭を引き出してみることは、奇しくも人類がコーヴィド19による「自然災害」に直面した100回忌のいまこそ、ひとりのヴェーバー研究者として避けて通れない課題ではないか、とも考えられます。

としますと、この問いにたいする答えは、我田引水の嫌いはありますが、『経済と社会』「旧稿」を、「理解社会学のカテゴリー」の基礎諸範疇と「1914年構成表」とに準拠し、体系的に再構成して初めて見えてくるのではないか、と思われます。それには、たとえば「自然呪術と象徴呪術との区別 (前者の再評価)」、「呪術 (病癒し) カリスマと英雄 (戦争) カリスマとの原生的二元性」、「双方の日常化的発展局面における教権と俗権との対抗的相補関係」というような、いままであまり顧みられなかった諸視点の含意を、理論的に展開してみる必要がありましょう。しかし、そうした論及と展開は、いまここに要約はできず、拙著『マックス・ヴェーバー研究総括』の全篇をお待ちいただくほかはありません。

 

いまひとつ、没後百年の出版状況には、ヴェーバー後半生の学問的主著『科学論集』『経済と社会』『宗教社会学論集』に内在し、それらの相互補完的・統合的読解にもとづいて、かれの学問の全体像(正確には、かれが「志半ばに斃れた」ときの到達限界) に迫り、そこから継受と展開の方途を探る、というような謙虚な気魄が感じられません。むしろ、「かれの学問内容がどういうものかは、すでに分かっている」と決めて、数多の他説を引用して「位置づけ」たり、あるいは、独自の見解を強引に当てはめ、問題のある部分像を前面に押し出して「全体像」に代える、といった「わざ誇りWerkheiligkeit」の気配が窺えます。

ここで、戦後日本における「ヴェーバー研究」関連の著作群にざっと目を通しますと、『マックス・ウェーバー研究』とは題しても『比較の学としての社会学』と副題で限定して「全体像」の提示をめざした金子栄一著(1957年)から、無限定の『マックス・ヴェーバー研究』の簇生を経て、やがてある時期からは、なんと『マックス・ヴェーバー入門』が出現し、流行ともなって、現在にもおよんでいます。学問研究には不可欠の厳しい自己限定は弛緩し、「学界-出版ジャーナリズム複合態」の利害状況が幅を利かせ、流れをつくって、初心者を翻弄し、学者は拱手傍観して警告を発しない、となると、おそろしい状況ともいえましょう。

 

小生は、ヴェーバー後半生の学問的労作を、19世紀末の「精神神経疾患」によるかれ個人の「状況からの脱退」以降、状況復帰-新生をめざす「実存的模索」とその結実(「難船者の思想」)として捉えてきました。①「職業人のみ生きるに値する」という人間観を、「西欧近代文化」総体の核心に潜む問題として、内容上、トータルに切開していこうとするスタンスの獲得、 そういう問題の究明に活かせる方法を、「人間の科学」として探究し、「法則定立」的「自然科学」と「個性記述」的「文化科学」とを、「法則科学」と「現実(歴史)科学」と呼び換えたうえ、相互補完的に統合しようとし、その一環として、③ (マルクス主義を含む)「ドイツ歴史学派」の「全体論」とカール・メンガーの「原子論」との対立を「止揚」すべく、「理解科学」の「法則科学」的分肢としての「社会学」と、同じく「歴史科学」的分肢としての「歴史学」とを、峻別しながらもやはり相互補完的に統合しようとし、「旧稿」における前者の決疑論的体系化を経て、「世界宗教の経済倫理」三部作における「比較歴史社会学」的-総合的適用-展開へと「実を結んでいく」、思想発展-学問展開の基本線に沿って、かれのそういう「総体」志向にもとづく「全体像」を素描し、比較歴史社会学の方法を定礎しようとつとめてきました。

ところが、そうした諸論点は、どうも「ヴェーバー学界において既知のこと」ではなかったようで、初心者にとっては「新説」に近く、ただ所在を参照指示するだけでは足りず、不親切に過ぎるようでした。とくに「世界宗教の経済倫理」三部作については、むしろ「旧稿」との相互補完的読解にかかわる「新説」として論証する必要があろうか、と察知し、かつての論考と講義ノートの集約にとりかかりました。ところが、この作業が予想以上に難航し、「古代ユダヤ教」にかんする章までで、年が暮れようとしています。

そんなわけで、齢八十路の半ばにさしかかり、研究歴六十年にして初めて、「入門書」の意味も併せ持つ著作に手を染め、四苦八苦しています。しかし、来年の「101回忌」までには、なんとか上梓にこぎつけるべく、あと一踏ん張りしたいと思います。

 

なお、一昨年713日の『東大闘争総括』書評討論集会における問題提起にかかわる「総括からの展開」のほうは、そういう実情で、遺憾ながら中断しておりますが、けっして忘れたのではなく、新著『マックス・ヴェーバー研究総括』の上梓後、執筆を再開したいと考えております。これまた、どうかご了承ください。

それでは、みなさま、どうかくれぐれもご大切に。よい新春をお迎えください。

 

20201230

折原 浩

Hiroshi Orihara

302-0034 取手市戸頭1634-2-701

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